FEATURE 45
トップアスリート養成の専門家に聞く
日本のクライマーがもっと強くなるためのフィジカル要素とは?
日本代表選手たちは今、どんな「カラダ」のトレーニングをしているのか?取材に応じてくれたのは、五輪でメダルを目指す各競技のトップ選手、そして最先端の指導者が集結する日本スポーツ振興センター運営の「国立スポーツ科学センター(JISS)」で、スポーツクライミング選手をサポートする緒方氏だ。その強化の内情、さらに一般のクライマーにも役立つ上達のヒントを教えてくれた。
※本記事の内容は2018年12月発行『CLIMBERS #010』掲載当時のものです。
~クライミング選手の特徴と課題~
「どれだけ瞬間的に大きな力を出せるか。下半身強化がより重要になってきます」
まず初めに、JISSとはどのような組織なのか、簡単に説明していただけますか?
「JISSは主にオリンピック種目の競技を対象として、オリンピックでメダルを獲るために何ができるか、スポーツ医科学の観点からアスリートをサポートする組織です。その中で私は、選手のパフォーマンス向上と障害予防のためのトレーニングをサポートしています」
スポーツクライミングの選手への具体的なサポートについて教えてください。
「現在はユース年代を中心に、JISSの対象となる日本代表選手をサポートしています。その流れとしては、最初にJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)のコーチングスタッフから強化に関する意向を聞きます。それから対象選手にそれまでのトレーニング状況や経験、怪我の状況、本人が変えたいと思っていること、苦手にしていることなどをヒアリングして、すり合わせをしていきます。その後、体の状態の様々な部分の評価をチェックして、トレーニングプログラムを作成し、実際のトレーニングに移るという流れです」
JISSであらゆる競技の選手を指導される中で、スポーツクライミング選手の特徴はどんな点にありましたか?
「彼らだけが飛び抜けている能力というのは特にないと思っています。もちろん、部位で言えば前腕や手の保持する力、筋持久力は他の競技と比べて高いです。ただ、私がサポートしてみて感じたのは、スポーツクライミングではどんな体力的要素を求められても対応できることが重要だということ。とりわけボルダリングでは、どういう課題が来るのかわからない状況下で競技をしなければならない。それを可能にする準備が大事で、ある意味、何でもできなければいけない競技だと感じています。さらにオリンピックではボルダリング、リード、スピードと3種目をこなすわけで、パワー、持久力、柔軟性などあらゆる能力が満遍なく必要になります。壁の中で自分の手足をコントロールする体幹の強さ、大きな可動域の中でしっかりと筋力を発揮できること、そこがおそらく他競技よりもスポーツクライミングで求められるフィジカルの特徴だと思います。ですから何かに特化するというよりも、ベースの基礎体力を高めながら苦手なことをできるだけなくすようにトレーニングをしています」
「苦手なことをなくす」と言われましたが、日本人選手のフィジカル的な課題とは?
「下半身の筋力、パワーですね。クライミングの選手は上半身の引く力は申し分ないのに対して下半身が非常に弱く、どの選手もジャンプ力がないと感じました。ボルダリングやリードと比べてスピード種目が弱い日本において、この下半身強化は急務とされています。昨年の『ワールドゲームズ2017』に帯同しましたが、海外のスピードの選手の下半身で発揮しているパワーの強さをひしひしと感じました。実際にJISSでの体力測定でもスピード種目とジャンプ力は深い関係性があり、下半身のパワー発揮が高いほどタイムも良いということがわかっています」
その下半身強化はスピードだけでなく、ボルダリングやリードにも活きるものですか?
「これまで日本人選手は下半身のトレーニングをあまりしてきませんでした。それに加え、最近ではボルダリングやリードでもパワー系の動きが増えてきているので、下半身を鍛えることでどの種目の強化にも繋がります。選手にも話していますが、スキルの練習だけをしていると必ず頭打ちになるタイミングが来る。それを打破していくには、トレーニングによって瞬間的に大きな力を出せるようにしていくことが役立つと考えています。もちろん上半身も大切ですけれど、下半身の強化は今後よりいっそう重要になってくると思います」
~可動域の向上、「基本」の習慣化~
「しっかり体を扱える状態に準備してから」
「登り始めることは、とても大切なんです」
下半身の他に、日本人選手が改善すべき部分を挙げるならば?
「股関節の可動域が硬い選手が多いという印象があります。仰向けに寝て足を上げた時に90度までいかない選手もいます。競技ではそれ以上の関節の動きが要求される場面もあるので、この点も課題の一つですね。また、肩甲骨や肩まわりの可動域に関しても向上の余地があると思っています。特に男子選手には硬い選手が多い。反対に女子選手は単純な柔軟性が高い選手が多いのですが、それをコントロールできるだけの筋力に乏しいところがあります。本当に強い選手というのは、可動域の広さとコントロールできる筋力の両方を備えています」
ユース年代を中心に見られているとのことで、若い選手ならではの課題はありますか?
「基本的なことですけれど、ウォーミングアップとクールダウン、トレーニングの習慣化に取り組んでいます。一般のクライマーにも言える話ですが、これらを習慣的にやることがクライミングの世界にはあまりなく、なんとなくやってきたというのが現状です。例えばウォーミングアップで言えば、登る前にちょっとストレッチしてすぐ登り出したり、登りながら少しずつ体を温めてすぐ課題に臨んだりというのがクライマーにはありがちです」
それでよく怪我をする箇所というのは?
「肩まわりや腰の怪我が多いでしょうか。肩甲骨まわり、回旋するひねりの動きがある胸椎、股関節などは重点的に可動性を向上させるエクササイズや動的ストレッチを行い、ウォーミングアップでしっかり動ける準備をすることが重要です。やはり登りながら準備をするのと、登る前に準備をするのとでは大きく違います。登りながらだと特定の部位の準備はできるかもしれませんが、あまり動かさなかった部位はできていないこともあり得ます。しっかりと体を扱える状態にしてから登り始めることはとても大切なので、一般のクライマー方にもぜひ習慣化してもらいたいですね」
ユース選手に限らず、ウォーミングアップ、クールダウン、トレーニングの習慣化は大切なのですね。
「クライミングの世界でもユース年代のうちからこれらを習慣づけて、体力強化をしながらコンディションを整えて大会に臨むというルーティーンを作っていきたいと思っています」
「可動域」を拡げよう
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CREDITS
インタビュー・文 篠幸彦 /
写真 大杉和広 /
撮影協力 国立スポーツ科学センター
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PROFILE
緒方博紀 (おがた・ひろき)
国立スポーツ科学センター トレーニング指導員。VリーグのNEC Red Rocketsトレーニングコーチ、JT Marvelousストレングス&コンディショニングコーチを経て、現在はJISSでアスリートの指導に携わる。全米ストレングス&コンディショニング協会公認資格CSCS(ストレングス&コンディショニングスペシャリスト)、NSCA–CPT(パーソナルトレーナー)等を取得。