IFSC公認ルートセッターに聞く。“国際標準化”する「TNFC」課題

 国内最大のボルダリングコンペ、THE NORTH FACE CUP(ザ・ノース・フェイス・カップ/以下、TNFC)を様々な視点から紐解いていく本特集。第2弾では、国際ルートセッターが語るTNFC課題、さらに9月に行われた予選ROUND3・4の模様をお届けする。

特集第1弾:開幕!「THE NORTH FACE CUP 2020」

 今回話を聞いたのは、日本で5名しかいないと言われるIFSC(国際スポーツクライミング連盟)公認ルートセッターの平松幸祐氏。関東でジム店長を務めたのち、2015年に山形でボルダリングジム「FLAT bouldering」を開業。課題そのものの面白さや海外を参考にした空間づくりが人気を呼び、一気に全国有数のジムへと駆け上がった。そして16年からTNFCの予選会場に選ばれ、Climb Park Base Camp(埼玉・入間)で行われる本戦でもルートセッターの一員として大会に協力している。

IFSC国際ルートセッターの平松幸祐氏。

「より難しく、実践的になってきている」

 自身もセッターとして携わるTNFC。その課題について平松氏に聞くと「より難しくなってきている」と言い、国際大会の潮流に合わせ傾向も変化してきていると指摘する。

 「手数が少なくなってきたり、飛んだり、コーディネーション課題も予選ROUNDで増えてきていると思います。動きがより大きくダイナミックになっていて、かつ確率が悪いムーブも入ってきている。少ない回数で登れないと、どツボにハマってしまう」

 特に難しくなってきているのが最上位カテゴリーであるDivision1(以下、D1)、Women’s Division 1(以下、WD1)だという。

「男子だと、D1しか登らない31~35番は年々難しくなってきている気はしますね。それに引っ張られる形で、D4まで“アスリート色”が強い内容になっている」

 TNFCは複数のカテゴリーに分かれて実施されるが、登る課題は完全に分かれている訳ではない。隣接するカテゴリー同士では重複する。例えばD3であれば16~25番の計10課題を予選で登るが、その上のD2では21~30番を登り、21~25番の5本が共通課題となる。平松氏は、最上位カテゴリーしか登らない課題を筆頭に近年のハードさが表れているとした。

力や距離感では測れない難しさも

 カテゴリー間で共通の課題があることで、フィジカルでは解決できない難しさも用意しているという。

 「大人と子どもで重なっている課題もあるので、そういうところには注意しています。これもまたTNFCの良さだと思いますが、大人が苦戦する中で子どもたちが登れるドラマがあったりする。単純に力や距離感だけでは解決できない難しさというのも、多少求めていますね」

 「だんだんセットするメンバーも若い人が増えてきた。僕はちょっとそこをずらして、少しクセを出すことを意識しています。単純に難しいんじゃなくて、行き方が分かりづらかったりとか。そういった課題は、比較的僕が作ったものが多かったりします(笑)」

 続けて「実践的になっている」と例に挙げたのがスタートの「4点支持」だ。通常、クライミングジムではスタートが両手のホールドのみ指定されているケースが多いが、ワールドカップなどでは両手両足の“4点”を置くホールドが定められている。TNFCでもこの4点支持でのスタートが取り入れられており、これまで両手だけの2点スタートに慣れてきた人にとっては、最初は戸惑う部分かもしれない。

4点指示の一例。3本のテープが引かれている足場で3点、1本のテープが引かれている上部で1点の計4点。両手両足をセットしスタートしなければならない。

W杯を“疑似体験”。しかし日本ならではの文化も

 これら傾向は自身が10年以上前に選手として参加したときにはなかったことで、時代と共に変化してきたという。ワールドカップなどの公式大会を“疑似体験”できるよう意識しているのか?との問いに「恐らくそうだ」と頷いた平松氏は「子どもたちやユース年代の若い選手が、のちに大きな大会に出るときスムーズに入っていけるような内容になっている」と話す。その規模もさることながら、国際大会を念頭に置くことでもボルダリング大国・日本の強さに貢献していると言えよう。

 しかし、TNFCは完全なワールドカップ仕様ではない。「方式自体はセッションなので、ワールドカップとは違う。でもそこに日本のボルダリングコンペの良さがある」。

 セッションとは、一つの課題に対し複数人で登り方を話し合い、順番にトライしていくこと。ジムではコミュニケーションの場にもなる。大会で用いる場合は、制限時間の中で自ら登る課題の順番を選択でき、順番待ちをしながら他選手の競技を見ることができる方式を指す。ワールドカップでは同じ制限時間の競技と休憩を交互に繰り返し、他人の登りを見ることができない「ベルトコンベア方式」が採用されている。

 「ライバルなど他人と登ることによって高め合えるという気質が日本人にはある。それがベースになっているんだと思います」と平松氏は続ける。

TNFC予選ROUND開催中の「FLAT bouldering」

いつもと異なる環境に、いかに対応できるか

 コンペで少しでも上位に付けるためには、どのような練習をすればいいのか。このようなストレートな質問をぶつけると、「多くの人にとって、開催場所が自分のホームジムではないことも大きい。普段の環境とは違う場所で対応ができるのか、日頃の限られた練習時間の中でしっかりと登れる能力を備えておくことが大事だと思います」と一つの案を示してくれた。

 「傾向を察知するため、ROUND前にうちのジムへ練習しに来る方も多いです。そういう取り組みはコンペで勝つために必要だと思いますね」。普段は行かないジムを訪れ、自身で定めた回数内に登り切ることを意識してトレーニングすることもコンペで勝つためには重要になってきそうだ。

「TNFC」はエネルギーが集約される場所

 最後に、オーナーとして自らのジムでTNFCが開催される意義についても伺った。

 「予選を通過することも一つの目標だとは思いますが、その先の本戦で上位に行きたいとか、次のディビジョンに昇格したいとか、そういうモチベーションの高さをみなさんからひしひしと感じています。TNFCを開催することで、そういった『エネルギー』を集約できることは魅力ですね。集まったエネルギーは、周りも感化されていく感じで、ROUNDが終わった後でもジムに残るんですよ。あとは県外から参加してくださる方々に対して、山形の食などに触れられる機会を提供しています。少しでもこの土地の魅力を知ってもらえたら嬉しいですね」

9月14、21日にTNFC2020のROUND3・4が開催

 ここからは、その「FLAT bouldering」で9月14日に開催されたROUND3、「GRAVITY RESEARCH なんばB」(大阪)で9月21日に開催されたROUND4の模様を紹介する。

 山形の地で行われたROUND3。166名の参加者の中には、今シーズンのボルダリングワールドカップ第2戦で5位に入賞した期待の新星、16歳の川又玲瑛も参戦した。U12カテゴリーで初出場初優勝を果たした実績を持つ川又は、自身初のゲストとしてD1に出場。“最難”課題の31~35番を含む9課題を落とし、大器の片りんを見せつけた。

FLAT Boulderingで開かれたROUND3には166名が出場した。


川又玲瑛コメント
「(TNFCではU12で初出場初優勝)全国から人が集まる大会は初めてで、自分がどのくらいの順位を取れるか分からなかった。優勝ができて、とても嬉しかったのを覚えています。これまではゲストの人をずっと見てきて、かっこいいなと思っていたので、自分がそのゲストとして出られるのはすごく光栄でした。前回大会は8位で、カウントバックで準決勝敗退となり悔しかった。今年はまず決勝に進出。それから優勝も狙っていきたい」

 さらに、ROUNDごとに印象的な活躍をみせた各カテゴリー1位選手を独自にピックアップ。大会を終えた感想や、本戦への意気込みを聞いた。

【ROUND3/FLAT bouldering】


Divsion 1/1位 齋藤 正樹
「TNFCは参加人数が多く、あまり撃てない(トライできない)と思っていたので、自分で5回などトライ数を決めて、集中して登る練習をしてきました。その成果が出たと思います。これまでは(すべて本戦で)D4で3位、D3で2位、D2で5位でした。本戦のD1では、まずは準決勝に残れるよう頑張りたいです」


Women’s Division 2/1位 高橋美音
「最初は緊張していたんですけど、一回完登出来たら嬉しくて、モチベーションも上がって楽しく登れました。(これまでの実績は)1番最初に出たU12では本戦に行けず、その次に出たD3で本戦準優勝ができました。秋田県の『TAKAクライミングジム』で体幹や体の使い方を店長に教えてもらっています。本戦では決勝に行って優勝したいです」

【ROUND4/GRAVITY RESEARCH なんばB】


Divsion 2/1位 西浦 暖礎
「一緒に来てくれた人の応援もあって登りやすく、何より本戦に行くことができて良かった。この大会に向けて特別何かしてきた訳ではなく、ホームジムでみんなと課題を作って練習していました。これが4回目の出場で、U12で本戦1位、一昨年にD3で本戦3位、去年はD2で予選通過しましたが1日目(の予選)で負けてしまいました。今年も本戦に行けるので頑張りたいです」


Women’s Division 2/1位 下村 麻瑞
「課題がすべて難しく感じて、ドキドキして1つ1つ登っていた。順位もずっと僅差だったので、すぐにひっくり返されると思いながらトライしていました。結果が出たときは嬉しかったです。ダイナミックな動きや、持てないホールドにすごく苦手意識があったので、自分の苦手を無くすよう練習を取り組んできました」

ROUND4の会場「GRAVITY RESEARCH なんばB」。2017年にOPENし、翌年には予選会場の仲間入りを果たした。THE NORTH FACEのコラボストアも併設されている。

参加者はこれまでのTNFC2020各ROUNDで最多となる171名だった。

ROUND3・4リザルト
(上記ページ内の各ROUNDを選択)

大会エントリーは「ONE BOULDERING」より

「TNFC2020」特集ページ

CREDITS

取材・文 編集部 / 協力 THE NORTH FACE CUP 2020

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