【パリ五輪現地レポート】世界を惹きつけた森秋彩のクライミング
10日に行われたパリオリンピックの女子ボルダー&リード決勝は、ヤンヤ・ガンブレットがボルダー、リード双方で80点以上を獲得し、東京オリンピックに続く連覇を達成した。日本の20歳・森秋彩はボルダーで7位と出遅れたことが響き総合4位に終わったものの、得意のリードでトップホールドに手をかける最高成績の96.1点を獲得して大きなインパクトを与えた。今大会の日本代表・楢崎智亜と野中生萌のボルダーコーチで、ルートセッターとしての視点も持つ宮澤克明氏が現地からレポートする。
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▼ボルダー
1課題目はエレクトリック系。男子同様にややウェルカム気味なグレード設定だと感じた。だが秋彩ちゃんは高めに設定されたスタートに届かず0点に終わってしまった。バランス系の2課題目では、1人目の完登者となったエリン(・マクニース)の特徴的な反転ムーブは大いに会場を盛り上げた。10点から25点まではグレード的にやさしめだと感じたが、それは選手たちのバランス能力の高さの裏返しだったのかもしれない。
フィジカルパワー系の3課題目のみ、その色が少し弱かったと思う。下部の切り返しの設定はジェシカ(・ピルツ)がしたキャンパムーブなのではと思うが、秋彩ちゃんをはじめ完登した選手はフックを使い保持力で突破していた印象。この課題では、完登後に指のアクシデントが起きたであろうアクションをしていたヤンヤの異変に会場が少しザワザワとした。
最後は男子決勝と同様に3度のダイナミックムーブが入るコーディネーション課題だった。スイング、斜め上へのパドル、そして凹角でのトリッキーなスイング+ランニング。結果として完登者こそ出なかったものの、完登への惜しいトライや、これを登れば表彰台が大きく近づくのではという緊張感があり、とてもエキサイティングなものだった。
ポイントはこれも男子と同じで中間部のムーブの精度だったと思う。最後のコーディネーションムーブが凹角に飛び込むタイプで、初見で攻略できるというよりは何度か修正して登るパートであったために、中間部をいかに多く越えられるかが大事となった。男子のパドルと同様にパワーが必要で、なおかつスピード、ステップ、そしてパドルをしなくてはならず、複雑だった。多くの選手が再現性の難しさに苦戦していた。ヤンヤが最初のスイングをした時、異変に多くの人が気づいた。明らかに得意のスタイルのはずだが、不自然な片手でのスイングで精度も悪かったからだ。それでも10点を取ったことはさすがとしか言いようがない。
▼リード
準決勝とは違い、男子決勝と同様にリードらしく流れの中で削られていくスタンダードなルートという印象だった。内容は決してやさしいものではなかったが、各選手のパフォーマンスは高く、結果的に高度も良いものだった。
なんといっても秋彩ちゃんの終了点直下までの登り、上部での安定感は間違いなく1番だった。ラスト数手前で持ち替えながらのシェイク、そしてチョークアップした瞬間の「これはトップに行くぞ!」という会場の高揚感はすごいものがあった。
設定はおそらくダブルダイノでの終了点取り。秋彩ちゃんであれば左ヒールを使って右手で取りに行くこともあり得たが、その右手はしっかり悪くされて封じられていた。惜しくもトップは取れなかったけれど、上部での粘り強さと“完登するんだ”という執念のクライミングは「リードの森秋彩」を全世界に印象付け、世界を惹きつけたのではないだろうか。
その後、ブルック、ジェシカ、ヤンヤと続く競技順も盛り上がる要素となった。各選手のポイントによってメダルが確定していくため、会場には緊張が走った。その中でブルック、ジェシカは守りに入らず、「限りなく良い色のメダルを」という気持ちの入った素晴らしい登りを見せてくれた。
ブルック1位、ジェシカ2位、秋彩ちゃん3位でヤンヤが登場。誰もが指のアクシデントを心配していたが、登りはじめた瞬間に懸念は吹き飛んだ。リズムは多少速く、クリップもいつもより神経を使っているようには見えたが、ネガティブさを感じさせないほどの強い気持ちがあった。上部に入ると順位が変わるごとに大歓声が上がる。最後は指に負担がかかり過ぎたのかガストンムーブで剥がれ落ちてしまったものの、非常に気迫のこもった登りだった。誰もが期待し、その結果を実現する。まさにクライミング女王。ヤンヤ、オリンピック2連覇おめでとう!
そして秋彩ちゃん。リードでの最高高度は本当に素晴らしかった。ボルダーで苦しめられたことをどうとらえて今後どう進むのか。秋彩ちゃん次第ではあるけれど、あのリードでのトライを見たら、日本のみならず世界中のファンは次の舞台での活躍を楽しみにしてしまうだろう。まずは初オリンピック、お疲れさまでした!
CREDITS
文 宮澤克明、編集部 / 写真 © Drapella/Virt/IFSC