五輪内定・森秋彩:単独インタビュー 新たなトレーニング、大学生活で広まる視野
先月29日、スポンサー契約を結ぶ住友商事の激励会に出席した森秋彩が、イベント出演前に単独インタビューに応じた。スポーツクライミングのボルダー&リード種目でパリ五輪出場が内定している20歳に、大舞台に向けたトレーニング状況、今春に3年生を迎える大学生活について聞いた。
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――2月23、24日に開催されたリードジャパンカップを終えて少し時間が経ちました。あらためて大会を振り返ると?
「(決勝で)ゴールを取れなかったのがずっと悔しいです。周りからはかっこよかったって言ってもらえることもあるんですけど、思い切り行けば絶対に取れたと思っています」
――大会5連覇よりも悔しさのほうが大きい?
「大きいですね。落ち込んだし悔しいけど、それをバネに頑張っているところです」
――2月9~11日に行われたボルダージャパンカップ(以下BJC)については?
「決勝最終課題でダイナミックなコーディネーションムーブの一手が止まったことに成長を感じられました。でも予選から苦戦していたし、決勝には運よく残れた感じなので、力が足りないところがたくさんありました。今のままパリに行っても活躍できないと思っているので、もっともっと頑張りを加速させたいと思わせてくれた大会でした」
――改善点は、やはり以前から口にしているダイナミック系の動きですか?
「はい。今は単純なランジではなくて、ランジした後にもう1つ何かの動きをするような、いろんな動きが組み合わさった発展的なコーディネーションムーブが出てきているので、段階的な動きにも力を入れていきたいと思っています」
――改善のために陸でのトレーニングに力を入れていると聞いています。
「最初はうまく力が連動していないと指摘されたのでフォームの修正をしていました。壁の中だとホールドの配置によって体を引くタイミングなどが変わってしまい感覚をつかみづらいので、地面でしっかりと力が伝わる感じを体に覚えさせました。上半身と下半身がバラバラに動いているとうまく力が伝わらないので沈み込んで腕を引きつけたり、足を蹴る際の腕を曲げるスピードだったりを意識しながら。今は正しいフォームがだいぶ身に付いてきていて、ダンベルを持ったり重りをつけたりするようにしてスクワットやボックスジャンプでトレーニングしています。さらに壁の中で正しいフォームを意識することにも少しずつ取り組んでいます。レストの日にしっかりやるというよりは、登る前のアップで力を入れるべきところに刺激を入れて、それから登っていくことで大きな筋肉に力が入っている感覚をつかんでいく作業をしています」
――正しいフォームを習得するために何か工夫はしていましたか?
「自分はスクワットの時に膝が中に入って内股になる傾向がありました。それだと前ももにしか効かないんですけど、実際はハムストリングのほうに効かないとクライミングに必要なジャンプ力は身に付かないので、チューブを使って外側に力を入れるようなストレッチをしてからスクワットをするようにしたら徐々にいい感覚がつかめてきました。スタイルを変えようとすると登り方に迷いが生じて一時的にパフォーマンスは出づらくなるかもしれませんが、スタイルが定まった時には今よりも強くなれるとわかっているので、パリ五輪までに定めていきたいです」
――指導してくれているのは?
「昔ハードル走をしていた大学の先生で、3カ月くらい前に自分から聞きにいきました。クライミングを専門に教えている方ではないのでお互いに探り探りみたいな感じなんですけど、トレーニングの引き出しが多い方で、とにかく何でも教えてくださいっていう感じで話を聞いています」
――その成果が先ほど述べていたBJCでの一手につながった?
「以前だったらできなかったと思いますし、(制限時間の)4分以内に止めることも今までならできなかったことなので、ああいう自分の実力のギリギリのラインが出てきた時に1回止められるか止められないかっていうところにやっぱり練習の成果が出てくるのかなと思います」
――通っている筑波大学ではこの春に3年生となります。体育専門学群を学ぶ中で、興味が深まった分野はありますか?
「研究室は体育スポーツ哲学を選びました。教職を取っているのでまだ他の分野もたくさん学ぶんですけど、その中でも去年一番印象に残った哲学と倫理学を自分の経験と絡めて卒論にしたいと思いました」
――どこに面白さを感じますか?
「スポーツに限らず、哲学は世間的な常識を問い直すのがコンセプトなんですけど、自分は小さい頃から『それが普通』とか『そんなの常識だよ』って言われた時に『普通や常識って何だろう?』と思うことがありました。そもそも生きている意味だったり、クライミングにここまで打ち込んでいる意味だったりが明確になっていなかったなとも思って。あえて明確にする必要はないんですけど、人生の中でのクライミングの位置付けをはっきりさせることで、しっかりと軸を持ってクライミングと向き合えるなと思いました。いろんな本や論文も読んで、人生観をつくっていきたいです」
――クライミングと勉強の文武両道は大変ではないですか?
「やっぱり練習時間は短くなっちゃうし、授業の時間以外にも課題やレポートだったりテストがあったりして大変です。でも何だかんだどちらも充実して楽しくできているので、大学進学という選択は間違っていなかったと思っています。どちらも中途半端になるのが一番嫌なので、引き続き頑張っていきたいです」
――知識が増えることが楽しいですか?
「知識もそうですし、今まで競技者の立場でしかスポーツを捉えていなかったのが、社会への働きかけや生涯スポーツとしての見方などがわかってきて、視野が広まっていると感じています」
――昨年4月に住友商事とスポンサー契約を結んでから約1年が経ちます。
「競技の成績が良くても悪くても同じように受け入れてくれています。『競技云々じゃなくて秋彩ちゃん自身を応援しているから、あまりプレッシャーに思わずのびのびと楽しんでね』って言ってくれるのがすごくうれしいです。サポートしてもらえるのは幸せなことですし、感謝の気持ちを忘れずにこれからも頑張っていきたいです」
――最後に今シーズンのW杯出場予定を教えてください。
「パリ五輪前は(6月に予定されている)インスブルック大会でのボルダー、リードで、最終戦のソウル大会(10月予定)でもボルダーとリードに出たいと思っています」
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森秋彩(もり・あい)
2003年9月17日生まれ、茨城県出身。茨城県山岳連盟所属。父親とクライミングを始め、小学生時代から国内外の大会で活躍。圧巻の保持力と持久力でリードを得意とし、15歳で出場した19年世界選手権で日本人史上最年少メダル(銅)に輝く。23年大会では日本女子初、リードにおいては日本勢初の頂点に立った。ジャパンカップではボルダーで21年に優勝、リードで24年に5連覇を達成している。23年世界選手権のボルダー&リードで3位に入り、パリ五輪の日本代表に内定した。モットーは「楽しむこと」。
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取材・文・写真 編集部