FEATURE 93

クライマーの皮膚科専門医・大森俊先生に聞く

クライマーにおすすめの指皮ケア方法とは?


クライミングにつきものである指皮の問題。摩耗によって皮が薄くなり、時には裂傷で出血することも。日頃から指皮の状態を気にしているクライマーも多いことだろう。「す り傷、巻き爪、水虫、手足のタコや汗……。クライミングは皮膚トラブルの多いスポーツです」と語るのは、JMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)で医科学委員会の委員長を務める大森俊先生。皮膚科の専門医であり、自身もクライミング愛好家だという先生に、クライミングと指皮、そのケア方法について話を聞いた。

ホールドを掴んで登るクライミングは、手指に大きな負荷がかかるスポーツです。それゆえに、指皮のケアについて悩んでいるクライマーも多いようです。皮膚科の専門医であり、ご自身もクライミングをされている大森先生はどう感じていますか?

「みなさん手指のことは困っているけれど、誰に相談したらいいかわからないし、自分なりのやり方でケアをされていると思います。近年は各地の山岳連盟さんなどから声をかけていただき、指皮をテーマにした講習会を行う機会も増えてきました」

クライマーの指の特徴を教えてください。

「クライマーからアンケートを取り、皮膚の変化について調べたことがあるのですが、やはりタコが多いのが特徴でした。手指には摩擦による刺激が頻繁に加わっているので、体の防御反応として角質を厚くしようという働きが起こり、時間が経つと一部が硬化してタコができやすくなるのです」

クライマーの間では、よく「指皮がない」という言葉も使われていますよね。

「これも特徴の一つですね。何度もホールディングすることにより、指先の皮膚の表面にある角質層がすり減ってしまった状態を指します。登った直後にヒリヒリとした痛みが出たり、より負荷のかかる鋭利な岩場でのクライミングでは出血してしまうことも多いでしょう」

指皮が薄くなることによって指紋認証がしづらくなるのは「クライマーあるある」ですよね。他にも、指皮が薄いと汗が出やすくなって物を掴みにくくなるという話も聞きます。

「そうですね。水分が含まれていない角質がなくなれば、みずみずしい細胞が表面にある状態になるので、ちょっとした刺激で水分が表面に出やすくなります。クライマーの手指は、タイミングによって皮膚が厚かったり、薄かったりします。たとえば、頻繁に登るような人がしばらく登らないと、一時的に皮膚が厚い状態が観察できるはずです」

 

[皮膚の構造図](提供:大森俊)
基底層から考えると理論上は約28日間で肌細胞が生まれ変わる(ターンオーバー)。指皮(角層)に限れば約14日間だという。

すり減った指の皮膚をいかにして元に戻すかは、多くのクライマーが気になるところだと思います。一般的にどのくらいの時間で自然治癒するのでしょうか?

「表面を覆うだけであれば早くて数日ですが、角層部分がしっかり元の状態へと戻るのに理論上はおよそ14日間、実際は再生させようという体の防御反応でもう少し早いと思います。出血時は真皮に達するほどの損傷を意味しているので、さらに時間がかかります」

理想的な指皮はどのような状態ですか?

「角層にある程度の厚みがあり、硬すぎず、柔らかすぎないのが理想的と言えます」

安定して理想の状態を保ち、最良のパフォーマンスを発揮していくには、どのようなケアをすればいいのでしょうか?

「私は、手洗いで汚れを落としてから、グリセリンカリ液で角質の毛羽立ちを整え、もう一度手洗いをし、さらにローションなどで補水したのち、ハンドクリームでさらに整える、という順番のケア方法を推奨しています」

 
<指皮回復のためのケア方法>(大森先生の例)
1.手洗い
2.グリセリンカリ液で毛羽立ちを整える
3.手洗い
4.ローションなどで補水
5.ハンドクリームなどでコーディング
 
指皮のケアは、手洗いから始まると。

「軽視されることが多いのですが、チョークが意外と落ちていない場合もあるので、指先や爪周りなどをしっかりと洗いましょう。手には様々なばい菌や雑菌が付着するので、洗い残しがあると爪の周りに膿が溜まったり、傷から感染して赤く腫れてしまうこともあります」
 
「次にグリセリンカリ液(ひび、あかぎれなど皮膚の亀裂に対して効果がある医薬部外品)です。こちらは薬局やドラッグストアで簡単に購入できます。100円玉あるいは500円玉ほどの量を手のひらに出し、手全体ですり合わせてよく広げることで、成分の一つである水酸化カリウムが毛羽立った角質をなめらかにしてくれます。角質が毛羽立っているということは、何かが入り込む溝ができているということでもあり、皮膚が裂ける引き金になりかねません」

※グリセリンカリ液を使用する際、医師の治療を受けている人や、アレルギー症状のある方などは事前に医師、薬剤師または登録販売者にご相談ください。

 
 

[毛羽立っている角質層のイメージ図](提供:大森俊)
図内上部が角質層の毛羽立ち。「指皮をスムーズに回復させるためにも、なるべく平らに整えていくことが大切」だという。

 
「グリセリンカリ液が乾いたらもう一度水で洗い流し、保湿成分のあるローションで補水して、仕上げに表面をコーティングするイメージでハンドクリームを塗りましょう。水分のないカラカラの状態だと、またもや皮膚が避ける原因となってしまいます」
 
「十分な睡眠や、登らないレスト日を設けることも大切です。指皮のケアは、クレンジングで化粧を落とし、洗顔後に化粧水や美容水で与えたうるおいをクリームなどで閉じ込めていく、化粧後のスキンケアに似ています」

化粧後のスキンケアは日々の繰り返しが大切だと思いますが、指皮にも同じことが言えますか?

「はい。この一連の流れを、登り終えた直後にまず1回。さらに登る、登らないにかかわらず朝晩1日2回を目安に行ってください。登らない日にするということがポイントです。ただし肌質には個人差があるので、1日の回数を調整したり、手汗をかきやすい滑り手の方ならローションまたはクリームを塗る工程を省いてもいいと思います」

ケアの一環として、ヤスリを使用している方もいますよね。

「ヤスリをかけることは広く知られていますが、せっかくの指皮を削りすぎてしまう可能性があります。『指皮がなくなる』というのも、ミクロレベルで見たら均一になくなっているわけではなくてムラがあるんです。すごく削れている部分があれば、残っているところもある。指皮をスムーズに回復させるためにも、なるべく平らに整えていくことが大切なのですが、ヤスリをかけす ぎてさらに毛羽立ってしまう心配があります」

そこでグリセリンカリ液の出番だと。

「『削る』のではなく『溶かす』ことを推奨しています。つけすぎなければ、すべてが溶けてしまうことはありませんので、指先に関してはグリセリンカリ液を試してみてください。一方で指先以外のタコはヤスリで削ってもいいと思います。タコがあることで痛みに繋がったり、何かの拍子にパックリと割れてしまうこともありますので」

硬化しすぎも良くないということですね。

「硬すぎるとホールディングしたときに弾いてしまい、細かいホールドや指全体で持つホールドは掴みにくくなるデメリットがあります」

皮膚の硬化で言えば、人によってかかとがひび割れやすかったり、そうでなかったりの個人差がありますよね。たとえば、かかとがひび割れやすい人は、指皮も硬くなりやすいとか?

「共通性は高いと思います。全身は皮膚で覆われていますが、手指と足裏の皮膚は少し特殊で、細胞内にケラチンという硬さに影響のある成分があり、なおかつ汗の穴がたくさんあるんです。なので、かかとが硬くなりひび割れやすい人は、指皮も硬くなりやすいと言えます」

指皮を鍛えることはできるのでしょうか?

「先述のように、刺激が加われば防御反応として指皮を厚くしようという機能が働きます。登ることで作られた指皮がすり減っていく、その繰り返しになるので、きちんとレスト日を設けて指皮を育ててあげる時間を作ることですね。普段それほど登らないという人で指皮を育てたいのであれば、登らない日でもホールドを『トントン』とタッチするなど、少し触って指に刺激をあげることが大切です。そうすることで、指皮を厚くしようというセンサーにスイッチが入ります」

怪我をした場合も、しばらく登りに行けずに指皮が弱くなってしまうことがあると思いますが、それを防ぐ意味でも日常的にホールドに触れることは有効でしょうか?

「そうですね、毎日ホールドを触るだけで違ってくると思います。何事でも、ちょっとしたことの積み重ねでパフォーマンスは良くなると考えています。指皮に対するケアも日々してもらえると、もしかしたら持てないホールドが持てるようになるかもしれません。多くの方に指皮をより大事に扱う認識を持ってもらえたらいいですね」

 

指皮ケアの仕上げに最適。「EVERY BUTTER」


 
2019年にクライマーのデイリーケアブランドとして誕生した国産ブランド「Ahwahnee(アワニー)」のラインナップ第1弾。クライマーの指トラブルにフォーカスしたオーガニックハンドクリームで、良好な使用感と補修効果の両立を実現した。自然由来の成分と国内生産で安全安心なのも特長だ。(発売元:レスト・エンド・ニュートリション)Ahwahnee 公式サイト

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 鈴木奈保子

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PROFILE

大森俊 (おおもり・しゅん)

皮膚科医であり、自身もクライミングに親しむ国内では数少ない存在。スポーツ皮膚科学を専門に活動しており、普段は福岡県北九州市の病院に勤務。各地で「クライミングと皮膚」をテーマに講演活動などを行い、2020年度からはJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)のスポーツクライミング医科学委員会で委員長も務めている。

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