FEATURE 92

裏方プロフェッショナル #016

六角智之(JMSCA理事・スポーツクライミング医科学委員)

選手の健康と最高のパフォーマンスのために

これが私のクライミング道。舞台裏で“壁”と向き合うプロに迫ったインタビュー連載。第16回は、若手選手に起こりやすい「低栄養が引き起こす低体重問題」に取り組む医師でJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング連盟)理事・医科学委員を務める六角先生に、問題の構造と対策の現状について伺った。

JMSCAの医科学委員として、若手選手の「低体重問題」に取り組まれているそうですね。

「中学生から高校生になるくらいの成長期に、特に女性に起こりやすく、長距離陸上競技や、フィギュアスケート、新体操などの審美系スポーツで主に取り上げられている問題です。体重の低いほうが有利だという考えから、食事量が減り、十分な栄養を摂取できないことで、生理が止まってしまうなどの症状を引き起こします」

最も懸念される点とは?

「骨量が少なくなることです。成長期にきちんと形成されなかった骨量は、大人になると戻すことができません。そして骨粗しょう症になりやすいのです。これが最も由々しき問題です」

まず低体重であることが問題なのですか?

「誤解されやすいのですが、低体重であること自体に問題はありません。太りやすい人がいるように、筋肉が付きにくい人もいる。体重を減らしたい意識で減っている人と、体質的に減っている人は異なります。減らしたいがために栄養状態が不良になっていくことが根本的な問題なのです。なかなか理解が広がらず、『低体重』という言葉を前面に出しているのが悪いのかとも感じ、どう伝えていくかは悩みでもあります」

本質は「低栄養問題」ということなのですね。そしてこれはクライミング界も例外ではないと。

「軽いほうが有利だと見る声が根強いからだと思いますが、競技人口が増えたことで表面化してきました。また、この問題を引き起こしやすい『クラムジー』という言葉があります」

クラムジーとは?

「成長期の体つきの変化で脳と身体感覚にズレが生じ、一時的にパフォーマンスが低下することを指します。特に女性の場合、パフォーマンスが下がったことを体重の変化によるものだと誤って捉えてしまいがちなんです」

一時的な状態とはいえ、大会も多い学生の場合は、早く実力を戻したい、上げたいと焦りが生じてしまうんですね。

「ええ。そして私が知るケースだと、指導者や保護者の何気ない一言がきっかけとなっていることが多いんです。例えば指導者が『最近少し体重が増えたかもね』と意図せず発した言葉が、選手にとっては非常に大きな問題として認識され、それを契機に食事を口にしなくなってしまう。『調子が悪いのはそのせいなんじゃないか?』と不安を感じていると、『やっぱりそうだったんだ』と考えてしまうんです。保護者も問題に対する知識があるわけではないので、あまり食事を摂らなくなってもそこまで深刻に捉えない場合があります。未成熟な若年層は『今がよければそれでいい』『絶対そうなんだ』と信じてしまいますから、こうなると後から意識を変えて状態を回復させるのにかなりの時間を要します」

だから、予防が大切なんですね。

「いかにしてそこに陥らないようにするかが最も大切です。日本代表選手クラスには、JMSCAで定期的に講習会を開いているのである程度は認識されていると思います。問題は代表に入れるか入れないか、あと少しで世界大会の表彰台に上がれるか上がれないかの瀬戸際で大きな努力を続けているような選手、中でもクラムジーが起こりやすい中学2、3年のユースBの選手たちです。機会があるごとに選手やその指導者、保護者を集め、問題について話してきました。ただ、それを全国規模で行うのは難しいですし、元から興味のない人は講習会を開催しても参加していただけない。そこにもどかしさを感じています。むしろ、そのような方々の中に隠れたリスクを持っている人がたくさんいるんです」

講習会の他に、公式戦でのBMI検査も行っていると聞いています。

「準決勝または決勝進出選手を対象に行っています。これも誤解されやすいのですが、ただBMIが低いからといって問題視するわけではありません。前述のように栄養不良であることが問題であって、BMIをチェックするのは低栄養状態の選手を見つけやすいからです。異常値が出た選手には問診を行い、必要に応じて医療機関の受診を勧めるという対策を取っています」

BMI検査はすでに2年前から行っているそうで、着々と対策は進んでいるのですね。

「何よりも選手たちが健康を維持し、最高のパフォーマンスを発揮してもらえるようにアシストしていきたい。これからも口を酸っぱくして、この問題をどのように伝えていくかも試行錯誤しながら、引き続き訴えていきたいです」

CREDITS

インタビュー・文 編集部

※本記事の内容は、2020年9月末に発行したフリーマガジン#017掲載当時のものです。

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