FEATURE 90

クライマー育成の専門家、伊東秀和に聞く

日本の若手はなぜ強い?

環境の変化はもちろん、SNSの発達、 日本人らしい追求心も強さの秘密です

世界へ羽ばたく逸材が以前にも増して続々と台頭する昨今。その背景には何があるのか? 15年前からスクールを主宰し、長年ユース育成に携わってきた伊東秀和氏が様々な要因を語る。

※本記事の内容は2020年9月発行『CLIMBERS #017』掲載当時のものです。
 
 
ここ数年、日本チームは世界ユース選手権の表彰台を席巻しています。日本の若い世代がこれだけ強くなった要因をどう見ていますか?

「大きな要因として、まずは競技人口が劇的に増えたことですね。五輪での追加競技採用は大きかったです。選手層が厚くなり、確率的に有力な選手が出やすくなりました。昔はクライミングジムにいる子供の姿は数えるほどでしたから」

その子供たちを受け入れるジムの数も増えましたよね。

「ここ数年でのジムの急増も大事なポイントですね。しかも、ただ増えただけでなく、課題のタイプの幅もかなり広くなっています。最近ではコンペ系の課題をセットするジムが増えて、より実戦的な練習が身近なジムでできるようになりました。いろいろな方向性の練習環境があって、子供のうちからそうした課題に触れられるというのは大きいです」

ジムの増加でローカルコンペやイベントの開催も増えたのではないでしょうか?

「今は新型コロナウイルスの影響で行われていませんが、日本はもともとコンペが盛んで毎週末のようにローカルコンペがどこかしらで開催されてきました。そういうところに近隣の強い子供たちが集まってきては切磋琢磨できるという環境は、間違いなく日本のレベルアップに繋がってきたと思います」

身近に切磋琢磨できる存在がいるというのは良い環境ですね。

「近年、中学2年生くらいの『ユースB』カテゴリーで、世界ユースの表彰台に乗る選手が増えていますよね。関東圏に住んでいる子供たちは、そうした世界の舞台で活躍した選手を身近なジムで見ることができるんです。小学校高学年生にとって、そのチャンスはもう数年後のこと。実際にメダルを取った上の子たちを見たら下の子たちも頑張ろうと思いますよね」

世界のレベルを感じることができますからね。

「それは本当に大きなことだと思います。また、最近は各ジムやトップ選手自身がSNSにクライミング動画をアップすることが増えてきました。それによって、どの選手がどんな課題をどう登っているかを簡単に見ることができるようになりましたよね。動画を見て、そのジムに行って自分も登ってみることで、世界のレベルの物差しを身近に感じられるというのは本当に凄い時代になったと感じています」

具体的に世界で活躍するイメージができるようになってきたわけですね。

「このレベルになれば世界で活躍できる、というのを子供たちは明確にイメージしながら練習ができるようになりました。以前は日本やアジアで活躍しても、世界で活躍できるイメージは湧かないというメンタル的な壁がありました。でも今やその壁はまったくありません」

その壁がなくなったのは、やはり楢崎智亜選手の活躍が大きいですか?

「そうですね。ただ、楢崎選手(1996年生まれ)の世代もまだ世界ユースではメダルが取れなかった時代です。それでも楢崎選手は20歳の頃、W杯年間優勝と世界選手権優勝の2冠を達成しました。それが引き金となって同世代のレベルがグッと上がり、下の世代もそれについてきました。そう考えると、楢崎選手の功績が下の世代を繋げたのは本当に大きなことだと言えます」

指導者に関しては、昔と変化はありますか?

「体作りの部分でサポートする人が増えましたね。今までは登り込むことでフィジカル能力を上げるのが普通でしたが、近年は小学生のうちから知識のある人がサポートして練習方法だけでなく、体のケアの仕方も伝えてくれています。それによって怪我のリスクも減り、年齢にあった練習ができるようになりました。また、そうした情報をインターネットからも得やすくなりました。昔と比べて小学生年代から体がしっかりとしてきたと思います」

では、運動能力の変化もありますか?

「今の子供たちは小学校低学年からクライミングを始めることが多くて、小学4年生とか5年生で始めた現在のトップ選手たちとはスタートの時期が違います。それを踏まえても、中学生くらいの時期で比べた時に全然レベルが違いますね。100m走で言えば、1秒くらい違うのではないでしょうか。それくらい今の子供たちは運動能力のレベルが上がっています。しかしそれと同時に、小さい頃から身体に大きな負担をかけていると言え、怪我のリスクも上がっています。個々の身体の強さや精神的な成長に合わせて、指導者が長期プランで様々なことを伝えていく必要があります」

以前に伊東さんが指導されていた楢崎選手もかなり運動能力が高かったと思いますが、どのような選手でしたか?

「彼は器械体操をやっていたので身体能力は高かったですが、経験年数は短くジムの環境が今と違ったこともあり、登るグレードや技術面は高校生になってもまだまだ未成熟でした。その分、不安定に見える自由な登りの中で、クライミングに対してのモチベーションや感性は伸びたと思います。小さい頃から自分が嫌いな動きの習得、高グレードや安定した技術を目指しすぎることで、得難いものもあるんです」

今の子供たちは技術的なレベルも相当上がってきていますか?

「もちろんそうですね。クライミングを安定して登る基礎は昔からありましたけど、今や飛んだり跳ねたりというコーディネーションの動きも子供たちにとっては基礎と言えるレベルです。現在のトップ選手たちはそうした技術を大きくなってから練習してきましたが、最近は小さいうちからそういう課題を触ってきているんですよね」

世界と比べると、日本人の強さの特徴はどんなところにあると思いますか?

「一番感じるのは日本人の体質ですね。欧州の選手はユース年代になると急激に線が太くなって、体が大きく成長します。その変化に適応できないうちにW杯を戦っているなという印象です。それに対して、日本人は欧州の選手ほど体の変化は大きくありません。日本人は自分の体の変化に適応して戦える選手が多いというのはあると思います」

それはまさに体の小さな日本人の特徴ですね。

「それから日本人の気質もあると思います。日本人は真面目なので客観的にコンペや練習を振り返ることができるし、それが技術の向上に繋がっています。日本人の指が強いと言われるのは単に指先の力が強いというより、壁の中で指の力を生かすのが上手いということです。それもつまり技術が高いということですね。日本人の若い世代が強い要因は、競技人口の増加や環境の変化、SNSの発達、サポートの向上など様々ありますが、純粋にクライミングを追求していく日本人らしい姿勢というのは若い世代も同じだと思います」

CREDITS

インタビュー・文 篠幸彦 / 写真 Enrico Calderoni/AFLO SPORT

※当サイト内の記事・テキスト・写真・画像等の無断転載・無断使用を禁じます。

PROFILE

伊東秀和 (いとう・ひでかず)

1976年生まれ、千葉県出身。2002年、03年のジャパンツアー年間王者。日本代表として11年まで世界選手権5大会連続出場(リード)。代表引退後は多くの日本代表選手からユース世代、一般の方まで幅広く指導し、主宰する『伊東秀和クライミングスクール』は今年15周年を迎えた。『スカイA』などのスポーツクライミング番組の解説者としてもおなじみ。

back to top