FEATURE 87
独占インタビュー
伊藤ふたば 18歳のプロ宣言
「ずっと変わらない」クライミングへの想い
「クライミングと生きていきたい」。そう本誌に語った3年前、ボルダリングジャパンカップで最年少女王に輝いた当時から、その想いは変わらない。2020年は国内2冠、日本を代表する選手に成長した18歳は、来春からプロクライマーとして活動することを発表した。伊藤ふたばの、新たな挑戦が始まる。
※本記事の内容は2020年9月発行『CLIMBERS #017』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2020年9月10日)。
コロナ禍で考えたこと
「1戦1戦、今を大事にしていきたい」
8月のリードジャパンカップ(LJC)では久々の公式戦、お疲れ様でした。決勝進出で7位という結果でしたが、自身のパフォーマンスから振り返っていただけますか?
「準決勝は自分的に上々のパフォーマンスで、行けるか行けないかギリギリのラインだと思っていた決勝に進めたことがまず良かったです。決勝は苦手な持久力が試されるルートでしたけど、その中で最後まで出し切ることができ、手ごたえを感じられる大会でした」
この大会は新型コロナウイルスの影響で3月から延期が続き、会場が盛岡に変更された上、無観客での開催となりました。
「声援がなかったり、いつもと雰囲気は違いましたが、このような状況下で大会が開催され、出場できたこと自体に意味がありましたし、こうした大会を経験できただけでもかなりプラスになったと思います。開催を引き受けてくださった岩手県と盛岡市にも感謝したいです」
今年は多くの大会が延期・中止となりましたが、どのような心境でしたか? また、自粛期間中はどう過ごしていたのですか?
「W杯開幕戦のマイリンゲン大会が中止になった時は、それに向けて練習もしていたのですごくショックでした。でもそこで(メンタル的に)落ちていてもダメだと思ったので、苦手な部分を強化できる時間だと捉えてトレーニングしていました」
これまでの日常とは異なる状況で、クライミングに対してあらためて考えることはありましたか?
「大会の開催や海外を転戦することが当たり前ではなくなった分、今までの日常のありがたみをすごく感じましたね。普段の練習もそうですが、いつまた大会が開催されるかわからない状況の中で『次があるからいいや』じゃなくて、1戦1戦、今を大事にしていきたいと強く思いました」
今年2月のボルダリングジャパンカップ(BJC)についても聞かせてください。2度目の優勝を果たした大会を振り返ると?
「もうすごい前のような気がします(笑)。優勝した時はすごく嬉しかったですし、2020年のいいスタートが切れたと思いましたね」
特に決勝の第3課題が印象的でした。誰も進めなかったスタートからのムーブを2トライ目で攻略し完登されましたが、あれは最初からTOPまでの道筋が見えていた?
「なんとなくオブザベーションの時点で『こういうふうに登るのかな?』と予想はしていました。でも実際にトライしてみると全然違うこともあるので、壁に入ってみて考えようっていう感じで」
大会終了後には「1回目の優勝はまぐれみたいな感じだったけど、今回はしっかり実力をつけて優勝することができた」とコメントしていましたが、3年前と比べてどのあたりに成長を感じていますか?
「3年前は優勝を目指していたわけではありませんでした。もちろん出るからには勝ちたいと思っていましたが、まだ勝てる実力はないだろうと感じていて、まず決勝に残って表彰台に乗れればいいなくらいの気持ちだったんです。でも今回は優勝を狙って、優勝するための練習をして挑んでいました。特に完登しなければ優勝できないという4課題目をプレッシャーがかかる中でしっかり完登して優勝できたことは、メンタル面の成長を実感できましたし、実力もついてきたんじゃないかなと思っています」
14歳でBJC決勝を経験できたことは、今考えると大きかったですか?
「当時は追う立場でしたが、あの大会を経て追われる立場も経験できたことは、自分の中では大きかったですね」
3年前からの成長
自分に必要なことを“自分で動かす”
BJC初優勝の翌2018年からシニア国際大会に参戦し、これまで40前後の公式戦に出場されていますが、その中で成長できたと思う点は?
「海外のシニア大会に出場した1年目の頃は、毎回帰ってくるごとに『身体がでかくなってる』と言われて(笑)。筋力的な部分はかなり変わったんじゃないかなと思います」
それによって(ホールド間の)距離の遠い課題にも対応できるようになった?
「はい。特に海外の大会の課題は距離が遠かったり、パワフルだったりします。そういう部分に対応できないと戦えないので、自然と筋力もついていったんだと思います」
例えば自信がついた一戦ですとか、何かのきっかけになったという大会はありますか?
「1年目のボルダリングW杯八王子大会(2018年6月)で初めて決勝に進めたんですけど、あの大会で『決勝に残れる実力がついた』と自信を持つことができましたね。でも決勝では全然対応できず、悔しい思いもしました」
一番変わったのは、テクニック面よりメンタル面でしょうか?
「はい。テクニック面もそうですが、メンタル面はそれよりもかなり成長したと思います」
W杯に出たての頃よりも緊張しなくなったとか?
「もちろん今でも緊張するし、私、けっこう緊張しやすい人なんです(笑)。でもその中でも、焦らないように落ち着いていられるようになったというか。国際大会に出場し続ける中で、課題にトライする前の気持ちの作り方を見つけられたっていう感じですね」
どういう気の持ち方を?
「具体的に何かをしているわけではないんですが、感覚的に会場の雰囲気に自分が馴染んでいくというか、溶け込んでいくというか」
伊藤選手は自分のことを一歩引いて見られる性格ですか?
「どうだろう? 性格的にはたぶん見られないタイプだと思います(笑)。けっこう感情的になっちゃうので」
大会中は笑顔の印象が強いのですが、内心では『この課題なんだよ……』みたいに思っていたり?(笑)
「思ってる時もあると思います(笑)。でもそれはセッターさんに対してではなく、自分に対して『何でできないんだよ!』って」
今回お聞きしたかったテーマの一つが伊藤選手の「成長」についてです。14歳でBJCを優勝した頃と比べて、競技シーン以外で自分が成長したと思うポイントはありますか?
「けっこう当時とは変わっていると思うんですけど……なんて言うんだろうな。自分がこういうトレーニングをしたいと思った時に、それに対して必要なことを、自分で考えて行動できるようになったと思います。“自分で動かす”というか。例えば以前はなんとなく日々の練習をこなしていたんですけど、ここまでに状態を上げていくためにはこういう練習をしていこうって、人に任せっきりじゃなくて自分でスケジュールを立てたりですとか、具体的に考える能力は身についたと思います」
伊藤選手は大人や外国人選手などと関わる機会も多く、一般の高校生とは違う学生生活を過ごしてきたと思います。学校の同級生たちと比べた時に違いを感じることはありますか?
「考え方とかは全然違うと思いますね。アスリートとしての面はもちろん、こういったお仕事でも大人の方と関わる機会が多く、それを通じて知ったことや学んだこともたくさんあるので。そういう意味では、普通の高校生では経験できないことをできているんだろうなって」
学校の友だちとはクライミングの話もするのですか?
「あまりクライミングの深入った話は学校とかでしたくないんです。『高校生活は高校生として楽しみたい』って思っているので。クライミングで悩んでいることは(野口)啓代ちゃんだったり、お父さんだったり、クライミングに関係のある人に話すようにしています」
高校卒業後、プロとして
小学生からそれを目指してやってきた
コロナ禍の影響で東京五輪も1年延期となりましたが、それを聞いた時の心境は?
「不安な世の中の状況下でやるよりは、1年延期してでもちゃんと開催されるのであれば、そのほうがいいのではないかと思いました」
五輪代表選手の選考をめぐっては日本山岳・スポーツクライミング協会と国際スポーツクライミング連盟がスポーツ仲裁裁判所(CAS)で係争中ですが、伊藤選手にとって五輪はどんな位置づけの大会ですか? 以前にW杯年間優勝が夢だと言っていましたが、五輪も夢の一つ?
「そうですね。このまま東京大会を目指すことを悩んだ時期もありましたけど、自分の中では何も変わっていなくて。去年の世界選手権やIFSC複合予選会で、みんな五輪のために全力で調子を上げてきて、選ばれた選手、選ばれなかった選手、そして周りの人たちも一緒に喜んだり悔しがったりしている姿を見ると、自分ももっと頑張ろうって思えて、五輪に出場したい気持ちがさらに高まりました。CASの裁定結果が出るのも遅れていますが、自分が今できることをやるしかないなと思っています」
東京五輪以降のパリ大会(2024年)、ロサンゼルス大会(2028年)でも、スポーツクライミングは実施競技となることが濃厚です。
「五輪競技に選ばれることで知名度が上がり、競技人口も増えてきたのですごく嬉しいです。このまま実施され続けて、メジャースポーツになればいいですね。自分も年齢的にロサンゼルス大会までは目指していきたいです」
仲の良い野口選手とは「東京五輪に一緒に出られたらいいね」といった話をすることもあったのですか?
「啓代ちゃんがどう思っているかはわからないですけど、私は、啓代ちゃんの競技人生最後の大会に一緒に出たいと強く思っています」
LJC期間中には「高校卒業後はプロとして活動していきたい」という発表をされました。どんな経緯でその考えに至ったのですか?
「小学生の時から『自分はプロでやっていくんだろうな』と思っていて、啓代ちゃんたちがW杯で活躍している姿を見て、それを目指してずっと今までやってきました。幼い頃からそこに自分は行くんだという考えだったので、決意したというよりは自然と、という感じですね。クライミングをずっと続けていきたいという想いは、今でも変わらない。プロとして、もっとクライミングに集中していきたいんです」
家族から反対されるようなこともなかった?
「もうまったくなくて(笑)。本当に小さい頃からずっとそう言っていたから、両親も『そのまま行くんでしょ?』って当たり前のような感じですね。周りからは『大学に行かないの?』とか『こういう大学もあるよ』と教えていただくこともあったんですけど、自分の気持ちは変わらなかったですし、家族をはじめ周囲のみなさんに応援していただいています」
プロ活動に不安はないですか?
「怪我をしてしまったり、成績が残せなくなるとプロの活動は難しくなると思います。ずっとその道で行けるわけではないし、もちろん不安がないわけではないです。でもやっぱり、自分がやりたいことや目標を達成するまでは頑張りたいなと思います」
その目標をあらためて教えてください。
「近いところでは東京五輪に出場して金メダルを取ること。その後もボルダリングW杯で年間優勝したり、世界選手権で優勝したり、その次はまたパリ五輪で優勝したりと、目標はたくさんあるんです」
実際にプロとして活動しているクライマーに相談したことは?
「特にしたことはないんですけど、もし自分がプロになる1人目だったらきっと不安が大きかったはずです。プロで活動している先輩たちの姿を見て安心できたというか、みなさんが道しるべになってくれています」
食べるの大好き、ワム大好き
“啓代ちゃんとの写真もお気に入りです”
来年3月に高校を卒業されますが、これまでの学校生活の思い出を教えてもらえますか?
「つい先日には文化祭があって、みんなで校内を回ったり、うさ耳を付けるコスプレをして写真を撮ったりしてすごく楽しかったです。クラスの出し物では流行りのチーズボールを作って販売しました。生地にチーズが入っていて伸びるんですけど、おいしく作れましたね」
伊藤選手には「大好きなクライミングに一直線!」というイメージがありますが、オフの時間はどう過ごしているのですか?
「大きい大会が終わった後とかは、おいしいごはんを食べに行きます。いつも行くカフェがあって、そこの料理は全部おいしいんですよ」
一番のお気に入りは?
「選べないんです、全部おいしくて(笑)。食べることが大好きなんです」
コロナ禍での自粛期間中には、愛犬のワム君が背中に乗ったトレーニング動画をインスタグラムにアップされ、1万いいね!以上がつく反響がありましたよね。ワム君の存在は大きい?
「大きいですね。うまくいかないことがあったり、長い大会遠征から帰ってきて疲れている時にすごく癒されています」
遠征で家にいない期間も多いと思いますが、帰宅するのを待っていてくれたり?
「お母さんが『ふたば帰ってくるよ』って言うと、窓のところでずっと待っていて、帰ってきたらダッシュで玄関まで来て喜んでくれるんです(笑)」
インスタグラムではフォロワーが5万人を突破しました。お気に入りの一枚はありますか?
「ワムの笑ってる写真がめっちゃ好きなんです(笑)。あとは初めて八王子でW杯決勝に残った時の、啓代ちゃんと一緒に写った写真もお気に入りですね」
今号(本インタビューを掲載した第18号)では若手クライマーにスポットライトを当てています。近年、伊藤選手より年下の選手も台頭してきていますが、彼らの印象や注目している選手がいれば教えてください。
「特に1個下の学年は、(森)秋彩ちゃんを筆頭にかなり強い選手がどんどん増えてきていますよね。他では同じ東北の青森県出身で、中学1年生の関川愛音(めろでぃ)ちゃんが『THE STONE SESSION』(岩手県盛岡市にある伊藤選手のホームジム)にもよく登りに来るんですけど、見ていてすごく強いですし、中学1年生なのに身長や手足のリーチが私とあまり変わらないんですよ。これからさらに大きくなったら、海外でも対応できるんじゃないかな」
本人に聞くと、憧れは伊藤選手だそうです。
「前にも聞いたことがあって、やっぱり嬉しいですし、めっちゃ可愛いなって思いますね(笑)。でも普段は私に緊張しちゃうみたいで、あまり話してくれないんですよ(笑)」
それは昔の野口選手に対する自分とも重なるところがありますか?
「そうですね。私も最初の頃はすごく緊張して、あまり話しかけられなかったと思います」
では最後に、応援してくださっている方々に向けてメッセージをお願いします。
「たくさん声をかけてくださったり、応援していただき、いつもありがとうございます。来年の春に高校を卒業したらプロとして活動するので、プロになってからの成長も見てほしいです。これからも頑張っていくので、さらに応援していただけたら嬉しいです」
CREDITS
インタビュー・文 編集部 /
写真 永峰拓也 /
撮影協力 Base Camp Tokyo
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PROFILE
伊藤ふたば (いとう・ふたば)
2002年4月25日生まれ、岩手県出身。14歳だった2017年にボルダリングジャパンカップを史上最年少で制し、一躍脚光を浴びる。以降、18年のアジア選手権や19年のIFSC複合予選会で優勝するなど活躍を続け、今年はボルダリング、スピードのジャパンカップで国内2冠を達成した。来春に高校を卒業し、プロクライマーとしての活動を開始する。