FEATURE 67
インタビュー
アダム・オンドラ、五輪へ燃やす闘志 「クライミング以前に『挑戦』が大好きなんだ」
僕はロッククライマーだから、それなしでは生きていけない(笑)。でも…
岩場とコンペティション、似て非なる2つのクライミングの世界で他を圧倒するアダム・オンドラ。一時は五輪参戦に迷いがあったという“世界最強クライマー”は、東京行きのチケットを手にした今、何を思うのか。直接話が聞きたいと向かったのは、彼の故郷チェコ・ブルノ。そこには穏やかな表情で壁を見つめる、どこまでもピュアなオンドラがいた(取材:ヤハラリカ)。
※このインタビューは2020年2月6日に収録されました。
まずは五輪出場内定、おめでとうございます!(2019年11~12月にフランス・トゥールーズで行われたIFSC複合予選会で出場枠獲得) 今のお気持ちは? ホッとしていますか?
「どうもありがとう! そうですね、まずは安心しました。八王子での世界選手権ではフィジカル的に良い状態だったにもかかわらず出場枠を逃してしまい、実は2週間くらい落ち込んだんです(笑)。でもその後切り替えて、フランスに向けて集中して準備することができました。これでオリンピック出場への焦りがなくなり、ひとつストレスが消えましたね。八王子でダメだったのも良い経験になったと今では思っています」
東京五輪の実施競技にスポーツクライミングが入る可能性を知った時、どう感じましたか?
「僕がクライミングを始めた6歳くらいの時にはもう、オリンピックの種目になるかもしれないという話は出ていたんです。だから『将来はオリンピック選手になるのかなぁ』と漠然と思っていた。それが2016年に正式決定した瞬間、『絶対出たい!』に変わったんです。それに東京ではクライミングがとても人気だと聞いているから、その大会で初めて正式種目になるのは良い知らせだと思いました」
当初は東京五輪を目指していなかったように見えましたが?
「初めはオリンピックのフォーマット(※)に賛成していなかったんです。スピードはスピード、リードはリード、と単種目での実施に分けるべきだという思いがあって……。だって、まったく違う競技と言ってもいいくらいでしょう?」
「でも僕は、クライミング以前に『挑戦』が大好き。せっかくクライミングが初めてオリンピック競技になるんだから、新たな挑戦として出てみたい!と考えるようになったんです」
五輪に向けてはどんな練習を、どのくらいしていますか? 岩場(ロッククライミング)とジム、それぞれどのくらいの割合で登っていますか?
「本来、僕はロッククライマーだから、もうロッククライミングなしでは生きていけない(笑)。でも今は、絶対オリンピックに集中すべきだとわかっているので、ロッククライミングを休んでその分、今までやってこなかったスピードのトレーニングに力を入れています。もっと疲れないパターンを考えないといけません」
「今はパワーより持久力を上げる時期なので、1日6時間くらい、スピード、ボルダリング、リードを3分の1ずつ満遍なくトレーニングしています。オリンピックの2カ月前くらいになったら、3時間程度に減らすと思います」
「3つの種目を同時に練習するのは、やはり難しいですね。リードは耐久力が必要で、スピードは爆発力。リードのトレーニングを何回も何回も繰り返して身体に覚え込ませて、でもその後にスピードのトレーニングをやらなければならない。4月にはボルダリングW杯が始まるので、近くなったらよりボルダリングのトレーニングに意識を集中することになるでしょうね」
トレーニングは順調ですか?
「ベストを尽くしています。普段チェコではリシャト・ハイブリン(カザフスタン)とペアを組んでトレーニングしています。彼はスピード、僕はリード。お互いに得意なものをアドバイスし合えますから」
「オリンピックでは各種目の順位が非常に重要なので、どれに力を入れるかが大事になってくるでしょう。僕の場合はリード、次にボルダリング。戦績は順位の掛け算で決まるので、1つか2つの種目で1位を取れば、ウイークポイントであるスピードで結果が出なくても良い成績になると思います」
ずばり、東京五輪の目標は?
「目標は……うーん、言えないよ(笑)。メダルは獲れるかなと思っているけど、メダルのことより、まずはベストを尽くして、その結果どんなランキングになるのか、どんなメダルの色になるのかを楽しみにしたい。今は良い結果、そして最高の気持ちでオリンピックを終えられるように、とにかく集中してトレーニングするだけです」
東京五輪でライバルになりそうな日本人選手はいますか?
「トモア・ナラサキ(楢崎智亜)とカイ・ハラダ(原田海)になると思います。彼らはボルダリングの世界トップクラス。スピードも良いですよね。スピードでは彼らのレベルに到底追いつけないと自分でもよくわかっていますが、一方で僕はリードに自信がある。だからボルダリングが鍵になると思っています。今はボルダリングで彼らのレベルに追いつけるように、毎日毎日トレーニングをしているところです」
日本のクライミング界について、どう感じていますか?
「日本には世界的に優秀なクライマーがたくさんいますよね。僕が彼らのようにボルダリングでトップになるには、毎日何度も何度も繰り返しトレーニングをして、彼らと同じような登り方を考えられるようにならなくてはいけません」
「たくさんの“学び”があるから、僕は1人でクライミングをするより他の人と登るのが好きなんです。それも1人や2人とじゃなくて、グループでね。そんなふうに、ここ(※)でもどこでも、世界中でクライマーたちは一緒にトレーニングをし、お互いに勉強し合うわけだけど、日本にはトップクライマーが大勢いるので、そこからどんどんまた新しいトップクライマーが生まれていく。素晴らしい環境ですよね」
「1人だと『無理だ!』と思ってしまうような課題も、他の人のやり方を見て『そんな登り方があったのか!』と知ることができれば、可能性はもっと拡がっていく。体力や筋力があっても、テクニックや登り方を知らないと登れないですからね」
「HANGAR Climbing Playground by Adam Ondra」をブルノに建設した理由は? どのような施設ですか?
「今までブルノにはこのようなダイナミックな(動きのできる)壁がなかったんです。でも、やっぱりボルダリングのトレーニングのためには必要でした。ダイナミックとかコンビネーションとか、日本人が得意な動きですよね。ここは僕にとって、とても集中してボルダリングのトレーニングができる環境です」
チェコのクライミング事情はどうですか?
「チェコもクライミングのレベルは良いと思います。僕がクライミングを始めた頃にはすでに、ワールドカップで活躍するトーマス・ムラチェクという有名なクライマーがいましたしね!」
2017年には世界最難ルートと呼ばれるノルウェーの「Silence(9c/5.15d)」を完登されています。あなたの人生にどんな影響を与えましたか?
「キャリアの中で一番の自慢ですね。バカみたいなアイディアでしたけど(笑)。あの時は、キャリアを通して一番集中していた。そこに『Silence』があるとわかっていても、それまではどうやっていいのかがわからなかったんです」
「でも、僕のキャリアで一番自信になったのは、カリフォルニアの(ヨセミテにある)ドーン・ウォールですね。高さが1000m近くあるところで、ぶら下がったまま眠ったりして、それがテレビでも流れて。ドーン・ウォールを登る前は誰も僕のことなんて知らなかったのに、道を歩くだけで声をかけられるようになりました(笑)」
現在、新たなプロジェクトに取り組んでいますか?
「ロッククライミングのことは、今は考えていません。オリンピックに向けて集中しています。でも……終わったらすぐにロッククライミングをしに行くでしょうね(笑)」
最後に、オンドラ選手にとっての「クライミングの魅力」を教えてください。
「時間は関係なく、一番上まで行けるかどうか……シンプルで、誰にでもわかりやすいでしょう? それに、人には誰にでも猿の遺伝子が残っているはず(笑)。だから、登って上から眺める景色はみんな大好きだと思うんです」
CREDITS
インタビュー ヤハラリカ /
構成 編集部 /
写真 ©RIKA YAHARA / kotobatoe Inc.
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PROFILE
アダム・オンドラ (チェコ)
1993年、チェコ生まれ。現代最強との呼び声も高い名クライマー。活動の重きを置く岩場では難関課題を次々と踏破し、2017年にルートクライミングで世界最難度の「Silence」を完登。コンペシーンでも出場しては多くのタイトルをさらい、09年、15年、19年にリードW杯年間優勝、世界選手権ではリードとボルダリングで史上初の2種目優勝を果たしている。18年から東京五輪に向けて本格始動し、19年に出場内定を掴んだ。(写真:窪田亮)
PROFILE
ヤハラリカ (モデル・女優)
ファッションモデルやMC、コラムニストなど幅広い分野で活躍するマルチタレント。ビーチハンドボールの元日本代表候補で、近年はサハラマラソンなどの国際マラソン大会を完走するなどスポーツ経験豊富。スポーツを楽しむことを伝える活動に力を注ぎ、スポーツクライミングでは世界選手権やau SPEED STARSの中継リポーターを務めた。