FEATURE 66
日本勢の確かな成長と次なる課題
初代国内王者・池田雄大のスピード解説!
東京2020オリンピックにおけるスポーツクライミングの実施フォーマット、コンバインドの重要な第1種目として、日本のトップ選手たちも着々とスピード強化を進めている。その世界選手権2019八王子におけるパフォーマンスは、彼らと国内最速を競い合う“スピード専門クライマー”の目にどう映ったのか。
※本記事の内容は2019年9月発行『CLIMBERS #013』掲載当時のものです。
世界選手権を見て僕がまず感じたのは、日本勢をはじめとする複合選手とスピード単種目選手との差が確実に縮まっているということだ。その要因としては、スピードにおいて重要な「動きの先取り」が複合選手に馴染んできていることが挙げられる。「動きの先取り」とは、手でホールドをキャッチする際、すでに反対の手足が次のホールドへと動いているという、ボルダリングのコーディネーション課題でも見られるような動きだ。これは反復回数に比例して上達するものであり、複合選手たちの努力がうかがえる。
しかし、依然として確かな差が残っているのも事実である。単種目選手は単純な「引く力」と「蹴る力」が圧倒的に強い。それに加え、体のポジションも異なる。彼らは顔正面~胸の前あたりでホールドをキャッチするため、常に重心が上にある状態で登る。そうすることでフットホールドをより強く蹴り出せるのだ。だが、複合選手にはどうしても腕メインで登ってしまう癖があり、ホールドをキャッチする位置が高く、ホールドを保持してから動き出し、重心が下から上に移動するような登り方になっている。もちろん練習量の違いではあるのだが、具体的にはここの差を埋めていくことが今後の課題となるだろう。
また、これは男女ともに言えることだが、日本人選手は中間部の大きなランジ(10番ホールド/写真)と、そこから先の後半パートが遅い。スタートから練習する方法を続けていると、途中でのミスや落下により、相対的に後半パートの練習密度が落ちてしまうからだ。ここは自分も意識して行っているように、該当パートの重点的なトレーニングなどをやっていくしかない。
一方、日本勢の男女で明暗が分かれたと言えるのがメンタル面だ。スタートからゴールまで一切足元を確認せずに駆け登っていくスピード競技は、ちょっとした緊張やメンタルのブレでフットホールドを踏み外してしまうことがよくある。今大会では野中生萌、伊藤ふたば、野口啓代という国内トップクラスの選手でさえ、途中まで優勢だった状態からミスで敗れてしまう場面が見られた。これからは追う時に加え、追われる時のメンタル強化が必要になるだろう。スピードはレース中に自分が勝っているかどうかが意外にわかるもので、このまま行けば勝てるという思考が油断を生み、ミスに繋がることも少なくない。実際に持ちタイムの近い選手とレースを行うなど、本番に近い環境下での練習が求められる。
対照的に男子は、コンバインド決勝に出場した4人中、楢崎智亜、楢崎明智、原田海の3人が自己ベストを更新、その強靭なメンタルを示すことになった。繊細なボディコントロールが要求される中で「練習以上」のパフォーマンスを発揮することは容易ではなく、しかも世界選手権という大舞台でのベストタイム更新には脱帽するしかない。特に6.159秒を出した楢崎智亜選手の日本記録更新は、「日本人はスピードが苦手」という印象がすでに過去の話になりつつあることを証明した。伸び盛りの日本人選手たち。僕も彼らと切磋琢磨し、良きライバルとなって国内全体のレベルアップに貢献していけたらと思う。
CREDITS
写真 高須力
※当サイト内の記事・テキスト・写真・画像等の無断転載・無断使用を禁じます。
PROFILE
池田雄大 (いけだ・ゆうだい)
1998年1月1日生まれ。高校の部活動でクライミングを始め、大学2年次にスピード種目に専念。18年に日本人初の6秒台を記録し、2019年2月の第1回スピードジャパンカップでは初代王者に輝いた。その後、野口啓代、楢崎智亜の指導にも携わる。(写真:窪田亮)