FEATURE 58
西谷ヘッドコーチに聞く若手育成の今
日本クライミング界のユース選手はなぜ強いのか
今年も国内外で日本のユース世代が好調だ。4月のボルダリングW杯では川又玲瑛が5位、森秋彩が3位を記録。コンバインドジャパンカップでも多くの10代選手が決勝に進出した。順調に見えるユース育成の実情と課題を、ユース代表ヘッドコーチの西谷氏に伺った。
※本記事の内容は2019年6月発行『CLIMBERS #012』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2019年6月5日)。
今季のボルダリングW杯では、川又玲瑛選手が第2戦で5位、森秋彩選手が第4戦で3位と、ともにW杯初参戦の15歳が好パフォーマンスを見せていますね。
「川又選手は大人に比べるとまだフィジカルは弱いのですが、圧倒的な保持力があります。ムーブ自体は粗削りな部分が多い反面、W杯初年度で『やってやるぞ』という気持ちが強く、気負いなく純粋に楽しんで登れているので、それが見事に結果として現れたのだと思います」
森選手はいかがでしょうか?
「努力の賜物だと思います。第3戦の重慶大会(中国)は、予選通過ラインにあと一歩の21位で、すごく悔しがっていました。今年のボルダリングW杯は次の呉江大会(中国)で最後だと言っていたので、『じゃあ最後、その悔しい気持ちをぶつけて準決勝に頑張って残ろうよ』って言ったら、表彰台まで行ってしまいました(笑)。呉江の課題は距離感がそこまで遠くなく、握れるホールドも多くついていて、彼女との相性が良かったのも追い風になりました。飛ぶような課題が苦手でしたが、そこも改善されてきていて今後が楽しみですね」
若い選手がどんどん世界の舞台に飛び立っていますが、日本の育成環境の特徴とは?
「ローカルには強い選手を育てようという熱い気持ちを持った指導者が多い印象です。ジム主催のスクールが増えていますし、各都道府県山岳連盟の方々が中心となって教えている地域や、親子で取り組んでいる例もある。自分自身で考え、個人で強くなる選手もいます。日本には多種多様な環境があって、だからいいのだと思います。海外だと、ユースの頃から国が組織立ったピラミッドを作っているところがいくつかある。そうではなくて、それぞれが工夫して育ててきて、上げていくという流れが今の日本にはあると思います」
海外にはどのような事例がありますか?
「2009年に強豪国オーストリアへ強化方法を学びに視察で訪れました。そこでは一般のスポーツで当たり前にされている、体系的なトレーニング理論をクライミングに落とし込んでいるということがわかりました。それと同時に、真似しているだけではいずれ頭打ちになるので、日本独自のトレーニングシステムを確立させていかないと強豪国には勝っていけないなという印象も持ちました。オーストリアは今でも十分強いですが、“自由奔放”に育ってきている日本はぐんと伸びている。必ずしも体系立ったやり方が正解ではないのだと今でも感じています」
日本の育成は、いい意味で組織立っていないと。
「集団で育てると個の特徴が埋もれてしまうところがあって、それは私たちの目指す育成のあり方ではないと考えています。集団で育てる場合にも“遊び”を残した方がいい。私がユースのヘッドコーチに就いてから、スタッフみんなで包括的に見守り、時には叱咤激励しながら、選手たちが持つ登りや性格の特徴をそのまま伸ばせるように、いい方向づけができるようにと、これまでやってきています」
他に、フランスも代表チームを中心に組織立った強化をしていると伺いました。
「フランスのユース代表はセレクションの対象となる大会を決め、そこでピックアップした選手たちを選考し、合宿に呼び、大会へ送り出すなど、組織的な強化体制があり、代表チームでの活動時間も長いと聞いています」
日本のユース代表はチームとしての活動時間が短い?
「海外と比べれば短いと思います。日本のユース代表は予算の関係もあり、世界ユース選手権前に強化合宿を1、2回、年始に国際交流を兼ねた合宿を1回と、大会以外でチームとして活動しているのは年に多くても3回が現状です。もっとやりたいことはたくさんあるのですが……」
それにもかかわらず、強い選手が育ってきている背景には、やはり各地の指導レベルの高さがあるのですね。
「その方たちのおかげで今のユース代表が成り立っていて、協会として技術などのより細かいパフォーマンスの向上に貢献できている部分はまだまだだと感じています。パフォーマンスが落ちてきている選手に関しては、選手本人にはもちろん、プライベートの指導者や保護者の方とも連絡を取って、状況を共有し、フォローする努力はしています」
今後の課題はありますか?
「ユース代表として取り組んでいることが外からは見えづらいことが多いと感じています。代表に選ばれた選手と関係者にしか、ユース代表でやっていること、スタッフの人柄だったりがわからない。私たちの取り組みをもっと外部に発信していきながら、同じ視点で強化を図りたいというのが、自分がユースのヘッドコーチになってから考えていることです。このたび創刊した協会の機関誌『JMSCA Magazine』などを通して、まずは発信していければと思っています」
そうした仕組みづくりも重要なのですね。
「いろいろな価値観、育て方があって当たり前で、そのおかげで日本の若手選手が育ってきています。技術やパフォーマンスを上げるところではなく、パフォーマンスが上がってきた選手たちの実力を大会で最大限発揮できるように後押しするのが私たちの大きな仕事です。協会として大会で求められている仕事と、日頃から強化育成を担っているコーチに求められることは違ってくるので、それも理解を得られるようにしていかなければいけません。でも、すべて任せきりにするのではなく、バランスを見ながら、強化育成の仕組みづくりもしていきたいと思っています」
今年新設されたポイントランキング制の「ジャパンツアー」は、その仕組みづくりの一つの指針となりそうですね。
「現在、ユース日本選手権は参加が先着順のため、一部カテゴリーでは応募する際にすでに締切になっているという話も聞いています。そこはきちんとふるいにかけて、全国大会にエントリーできる仕組みがあった方がいいと思っています。低年齢層の選手たちなど、ユースの能力や規格を考慮したうえで行うジャパンツアーのような形式が取れれば、強化の仕組みとして有効に働くと考えています」
最後に、8月にイタリア・アルコで開催される世界ユース選手権に向けた意気込みを聞かせてください。
「前回大会と同等以上のメダル(14個)と、その獲得数の国別ランキング1位が目標です。今年は代表初選出の選手が多く、チームとしてどのような化学反応が起こるのか、不安であり、楽しみでもあります。初めての選手は緊張でつぶれてしまう場合も多いので、スタッフと連携を取りながら選手個々のフォローをしていきつつ、パフォーマンスを押し上げていければと思っています」
(編注:ユース日本代表はその後、世界ユース選手権で22個のメダルを獲得。国別メダル数でも2位を大きく引き離して1位となった)
CREDITS
インタビュー・文 編集部 /
写真 IFSC / Eddie Fowke
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PROFILE
西谷善子 (にしたに・よしこ)
JOC専任コーチングディレクター、日本山岳・スポーツクライミング協会 強化副委員長。2008年から日本代表にスタッフとして加わり、現在はユース代表ヘッドコーチを務める。