FEATURE 56

独占インタビュー

土肥圭太 進化する18歳

自分に期待しています

第2回コンバインドジャパンカップ(CJC)で、新たなオリンピック代表候補が誕生した。第1種目スピードの最下位から、見事な逆転で世界選手権行きを決めた土肥圭太である。メインターゲットはボルダリングW杯だったゆえに、CJCに向けてスピード、リードの練習をほとんどしていなかったというから驚きだ。「今、成長を実感できている」と言う、デニムがトレードマークの、18歳の素顔に迫った。

※本記事の内容は2019年6月発行『CLIMBERS #012』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2019年6月12日)。
 
 

永遠に挑戦ができる
飽き性だけど、飽きなかったクライミング

世界選手権の代表内定おめでとうございます。まずは土肥選手のパーソナルな面から聞いていきたいのですが、クライミングを始めたきっかけから教えてください。

「小学1年生の頃に横浜のアウトレットで体験したのが最初ですね。それがきっかけで親がジムを探してくれました。最初は家から遠い相模原のジムに通っていて、小学4年生の時に近所の寒川にジムができてからは夏休みに1人で通うくらいになりました。それから気づいたら大会に出るようになり、今に至るという感じですね」

今年3月に高校を卒業されましたが、現在の活動は?

「鹿児島県体育協会に声をかけていただいて、鹿児島でユース年代の指導員をしています。選手としては海外の大会に出たり、合宿に行ったり、関東のジムでコンペ対策をしたり。鹿児島と実家のある神奈川を拠点に転々としています」

大学への進学など、進路に迷いはなかったのでしょうか?

「僕はクライマーとして生きていくと決めていたので、進路は選手かセッターかジム店員かの三択でした。セッターの道はあまり考えていなくて、ジム店員になるなら、大学を出るより選手としてやっていたほうが就職しやすいと思って、悩むことはなかったですね」

色んなことを始めては中途半端にやめてしまうことが多い性格だと伺いました。オフの日はどんなことをしているんですか?

「ルービックキューブを触ったり、ジャグリングとか中国ゴマをやったりもします。最近ハマっているのはトランプマジックです。選んでもらったカードを真ん中に入れて、それを一番上に持ってくるとか」

代表遠征で他の選手に披露したり?

「たまにしてますよ。でもみんな興味ないので、『ちょっと見てよ見てよ』って(笑)」

 

 
そんな飽き性な中で、クライミングがこれだけ続いている理由はどんなところにあると思いますか?

「飽きないんですよ。他の競技や遊びは、これができるかどうかの繰り返しか、対人戦かのどちらかだと思うんです。でもクライミングは同じグレードでも、同じ課題というのは絶対にない。課題は無限にあって、自分にできるかどうかという挑戦が永遠にできる。それがすごく楽しいですね」

ご自身のクライマーとしての長所と短所はどんなところだと思いますか?

「長所は落ち着いたクライミングができるところですね。ただそれは短所にもなっていて、気持ちとか気合いで止めるみたいな、爆発的なクライミングができないんですよ」

落ち着きで言えば、スピードの競技前に両手を合わせて目を閉じる仕草をされています。

「他のスポーツでルーティーンが良いと言うのを聞いて、試してみようと思ったのがきっかけです。最初はボルダーで試していたんですけど、しっくりこなかったんですよね。毎トライごとにやると時間もかかるし(笑)。でもスピードならうまくはまるかもしれないと思って試したら調子が良くて、コンペの時に取り入れるようになりました」

 

写真:窪田亮

 
ボルダーで完登直後、天に向かって上げる雄叫びも土肥選手によく見られますよね。

「あれはここぞという時に完登すると、我を忘れて自然と出ちゃうんですよね。気付いたら『あれ?観客が見える』って(笑)」

そして土肥選手のトレードマークといえば、デニム姿ではないでしょうか。

「CJCのニュースもそれしか見なかったです(笑)。最初の方に履いた短パンの素材が硬くて、ホールドに引っかかるんですよ。でもクライミング用の長ズボンは引っかからないように作られているので、それが気に入ってずっと履いています。あと膝の擦り傷とかも気になってしまって。みんなはアドレナリンが出ているから気にならないって言うんですけど、僕は登っている時でも落ち着いているせいか、ダメですね」

「自分はコンペになると強い」という話も以前に伺いました。ユースの西谷ヘッドコーチは、土肥選手は現場処理能力が高いとも評価されています。

「コンペでは、ちょっと不安定だけど掴みにいったら止まるでしょみたいな感じで他の選手は登るんですよ。でも僕はその自信がないので、考え得る範囲で一番楽に登れてリスクのない動きを選択し続けています。その結果、順位の浮き沈みが少なく、ある程度の順位をキープできているんだと思います」

憧れのクライマーはいますか?

「高校生の頃からずっと藤井快さんですね。すごく登りが綺麗で落ち着いているし、難しい課題をやっていても簡単そうに見えるんですよね。僕もああいうクライミングをしたいなと思ってずっと憧れています」

 
 

初参戦のW杯で得た教訓、変化
コンペ能力より、クライミングの能力を

 
競技の話も聞かせてください。昨シーズンは初のW杯参戦で残念ながら一度も予選突破ができませんでした。

「印象に残っているのは、21位で一番惜しかった第6戦のベイル大会ですね。今の自分であれば絶対に予選通過できたと思います」

20名による準決勝まで、あと一つでした。

「4課題目までで疲れ果てていて、予選通過ラインもわかっておらず、どこかでもうダメだと思い込んでいました。最後の5課題目は簡単めで、普段なら登れていた課題です。みんなも『絶対諦めるな!』って応援してくれていたんですけど、実際は登る前から諦めていたなって。登れていたら予選通過だったんです。それがすごく悔しくて、ぼろ負けした大会より悔しくて」

出し切ることができなかった大会だったと。

「自分の中では絶対にいけるはずなのに、気持ちが切れてダメだったっていうのはもうなくしたいと思った大会でした」

シーズンを通して得たものは?

「ベイル以外は実力的に勝てなかったので、どれだけコンペティションの能力を高くしてもW杯では勝てないことを学びました。それからコンペに勝つためではなく、単純なクライミングの能力を高めるためのトレーニングに切り替えました」

具体的には?

「難しい課題を登るようにしました。それまでは、ホームジムの1級を一番効率が良くて楽で、きれいに登れるようにひたすら打ち込んで、別のジムではどんなに気持ち悪い課題、苦手な課題でも1級は必ず一撃するという練習をしていました。そうするとユースの課題は落ち着きさえしていれば完登できたんです。でもW杯では1日トライしてもできないような課題を登れないと予選通過できなかった。できる範囲の1級ではなく、自分にとって難しい課題をトレーニングしなければいけないことを痛感しました。それからは二段を1日かけてトライすることから始まり、三段をトライしてみたり、二段を全部登れるようにしたり。そういう練習に切り替えました」

そのトレーニングの成果が今年のボルダリングジャパンカップ3位やW杯呉江大会の4位に繋がったわけですね。

「元々のコンペでの強さを残しつつ、クライミング自体が強くなってきたことで少しずつ結果が出てきたんだと思います」

 

 
 

人生最高のトライ
世界選手権、そしてその先へ

そして、5月のCJCを迎えます。大会へはどのような気持ちで臨みましたか?

「直前のボルダリングユース日本選手権倉吉大会がダメだった(編注:2位で世界ユース選手権の代表を逃した)ので、世界選手権の出場枠はダメ元でいいから頑張ろうという感じでした。五輪強化選手に選んでもらっているので、決勝には残らなければいけないという気持ちももちろんありました」

そんな中、決勝に残りました。ただ、スピードは8位で最下位スタートでした。

「安定して7秒台前半を出すというのを目標にしていたので、それは達成できたんですけど、それだけでは勝てないくらい、周りが速くなっていた。CJCに照準を合わせて臨んでいたらここで気持ちが折れていたと思いますが、狙い過ぎなかったのが逆に良かったですね」

仰る通り、そこから見事に立て直してボルダリングで1位でした。

「世界選手権の代表に半ば諦めがついて、せめて頑張ってきたボルダーで爪痕を残そうと吹っ切れていました。競技順が一番手だったこともあって何も気にせず思い切り登れましたね。前の人がいると登れてる登れてないって、色々考えてしまうんです」

3課題目の一撃後は、印象的な“雄叫び”が出ましたね。

「あれは人生で一番良いトライだったと思います。登り自体はガタガタだし、失敗しているところもありました。でも緒方くんにプレッシャーをかける意味で、一撃しなきゃいけない。ゴール取りが悪い課題というのも、いつも自分は落ちることが多い。そういった環境下できっちりと決められたというのは、初めての経験ですごく嬉しかったですね」

 

写真:編集部

 
ゴール取りの瞬間はどんなことを考えていましたか?

「ああいう状況では、今までは『これでいけるかも、いっちゃえ』といった感じでダメでした。でもギリギリまで粘ってポジションを探って、今自分にできる一番良い体勢に入ってやろうと。これでダメならもう無理だっていう動きをしてたまたま止まったという感じでした」

このトライで上位の可能性が出てきました。

「そしたらリードは守りにいってダメでしたね。世界選手権の可能性がチラついてしまって。気持ちがブレずに、ボルダーのように出し切るメンタルで攻めて登れていたら、もう一手、二手出ていたかもしれない。反省点です」

ただ、これで五輪強化Sランク選手を除く最上位(4位)となり、世界選手権の内定を掴みました。その瞬間の心境は?

「大会前の気持ちを考えると『びっくり』というのもありましたけど、ボルダーが1位になったときに可能性を感じていたので『よかった』ってホッとした感じでもありました」

世界選手権は土肥選手にとってどんな大会ですか?

「東京五輪の選考大会というより、ずっと出てみたいと思っていた大会にやっと出られるという思いです。W杯よりワンランク上の大会で自分の力がどれだけ通用するのか、とくにボルダーでどれだけできるのか挑戦したいです」

 

 
五輪に出てみたいという思いは?

「出られるのならもちろん出たいです。五輪代表選考基準が、世界選手権で日本人1位以外の選手は来年のCJCまで持ち越しとなると聞いてすごく可能性を感じています。選考大会のどこかで枠を取りさえすれば、成長できる猶予が1年もある。今はクライミング能力に自信がついてきています。以前と変わり、代表クラスの選手が登れない課題であっても自分ならできるって思えるようになってきました。今年これだけ成長できているので、あと1年あればいけるんじゃないかと自分に期待していますね」

楢崎智亜選手はスピードとボルダーで逃げ切り、原田選手はボルダーとリードで勝負と言っていました。土肥選手はどんなタイプですか?

「僕は3種目全部を安定させにいきたいですね。理想はスピード3位、ボルダー2位、リード3位。これが自分の勝ちパターンだと思います」

安定性を取るというのは、性格が表れていますね。

「僕の場合、1位を取るつもりでダメだとそのあとも全部ダメになってしまう。だから最悪を想定して、そこからどう上げるか。現実的な最上位に2、3位を想定して、それ以上がもし取れたらさらに上がっていけるし、それ以下でもまだ気持ちを立て直して戦えると思います」

最後に、今後の目標を教えてください。

「ボルダーのW杯で安定した成績を残していきたいですね。例えば杉本怜さんがW杯に出続けて、一定の成績をずっと残しています。最近では楢崎智亜選手が出た大会でいつも決勝に残って表彰台に乗っていますよね。僕もそういう、安定してずっと強い選手になりたいです」

 

CREDITS

インタビュー・文 篠幸彦 / 構成 編集部 / 写真 鈴木奈保子 / 撮影協力3RD WALLY 辻堂

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PROFILE

土肥圭太 (どひ・けいた)

2000年10月17日、神奈川県生まれ。世界ユース選手権2016ボルダリング、ユース五輪2018の複合王者。冷静沈着さを持ち味とし、ボルダリングを主戦場とする。W杯初参戦の18年は全7戦に出場するも予選突破できず。しかし19年は開幕戦から準決勝に進むと、第4戦で4位に入賞。5月のCJCでは残り1枠となっていた世界選手権出場枠にスピード最下位からの逆転で滑り込んだ。

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