FEATURE 50
裏方プロフェッショナル #010
神舘盛充(ハイパフォーマンスセンター)
日本初のデータを選手に。やりがいあります
これが私のクライミング道。舞台裏で“壁”と向き合うプロに迫ったインタビュー連載。第10回は、日本スポーツ振興センターが運営するハイパフォーマンスセンターでスポーツクライミング日本代表を映像分析の分野からサポートする神舘氏を取材した。
※本記事の内容は2019年3月発行『CLIMBERS #011』掲載当時のものです。
神舘さんは、元は水泳選手であり、早稲田大学大学院を卒業されたと伺っています。
「スポーツ科学研究科を卒業しました。そこでは水泳選手のバタ足の筋活動の研究や、飛び込みの入水角度の論文などに取り組んでいました。高校まで競泳をやっていたんです」
卒業後、今の仕事に?
「3年半、製薬会社の営業をやっていました。2017年から、ここ『ハイパフォーマンスセンター』で映像分析を行っています。いくつかの競技団体に携わっているのですが、その中の1つがスポーツクライミングですね」
普段の業務内容は?
「代表練習や大会を撮影して、その映像を選手やコーチに提供しています。ボルダーとリードに関しては大会の各ラウンド終了後にも、リクエストされたら選手に直接渡しています。最初は選手たちも私たちをどう使っていいかわからなかったんでしょうけど、今では積極的にリクエストしてくれますね。中には海外選手の競技映像を欲しがる選手もいます。スピードは分析も行っていて、そのデータはコーチに渡しています。映像を資料化することもありますよ」
様々な競技の代表チームを見る中で感じる、スポーツクライミングの異なる点とは?
「練習時間ですかね。海外遠征した時も、現地のジムに午前10時から入って、最後の選手が出るのが夜7~8時頃。もちろんお昼休憩などは挟みますけど、誰かは必ず登っている。練習時間がすごく長いなって。でもだから強いんだろうと思います。海外の選手は2時間とか、けっこうサクっと終わりますから。日本人選手は楽しみながらみんなでセッションして登っているのが印象的ですね。どんな課題でも楽しそうに笑顔で登って、登れなかったら『なんで?』みたいな感じで議論したり。張り詰めた緊張感の中でトレーニングする他競技の選手もいる中で、いい意味でピリピリしていないというか」
ボルダリングとリードは、人が設定した毎回異なる課題に挑むという特性もありますよね。
「それもすごく感じています。あまり他の競技ではないんですよね。セッターさんという、競技者じゃない人間が環境要因を作るって。例えばテニスには決められたコートがあるので、残りの環境要因は風や気温だったり、人間ではどうしようもないもの。第三者が成績に大きな影響を与えるのに、きちんと競技が成り立っているのはすごいですよね。選手とセッターさんの信頼関係が大きいのかもしれません」
映像分析という仕事の魅力や楽しさは?
「もともとPCを叩いて数字をパーンって出すのが好きなんです。新しい発見があるとすぐコーチにメールしちゃいます(笑)。それがこの仕事の楽しさでもありますね。クライミングのスピード種目って、オリンピックのタイムを競う競技の中で最速だと思うんですよ。男子は5秒台、女子も遅くて8秒台だから、陸上の100m走より早く終わる。このわずかな時間に対して、何時間もかけてデータを整理してるっていうのもすごく面白いです。それとクライミングの世界には今までこういうアナリストのような立場の人がいなかったと思うので、自分が取り組んで出たデータは基本的に日本初のものになるじゃないですか。やりがいはありますね」
反対に難しさは?
「正解がないことです。他競技全般で言えますが、良かれと思って出したデータが、実は選手にはマイナスになる可能性だってあるんです。提供するデータの量や質のさじ加減も難しい。また、いつ伝えるべきかのタイミングも気を付けるようにしています。選手やコーチのその時の状態やチームの雰囲気を考えるのも大変だったりしますね。いつも映像を欲しいと言ってくる選手も、成績が良くなくて落ち込んでいる時は声掛けを控えようと思いますし。でも、少しは前職の営業経験が活きているんだと思います。相手の雰囲気を見て、その状況に応じていろいろと話をしていくところが。お医者さんとアスリートという、特別な存在に対して話をするという意味では似ているのかな」
今後の目標を教えてください。
「やっぱり東京2020オリンピックで、クライミングをはじめとした、特に自分が携わっている競技の選手たちが満足のいく結果を出せればいいなと思います。そのために、私たちにできることをこれからもやっていきたいですね」
CREDITS
インタビュー・文・写真 編集部
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