FEATURE 04

東京五輪の追加競技に決定!

「スポーツクライミング」の見方!楽しみ方!

『登る』という行為を超えた、
想像できないようなダイナミックな動き

一度コンペに行けば、世界の熱狂を知ったら、さらにハマってしまうはず。五輪種目に決定した「スポーツクライミング」は、競技としても、観るスポーツとしても魅力満載だ。ここでは、日本初のクライミング専門番組を立ち上げたCS放送『スカイA』の小田部拓さん、そして国内外の大会中継には欠かせない解説&実況コンビ、伊東秀和さんと星野大輔さんに、座談会でその観戦法を伝授してもらいました。

※本記事の内容は2016年8月発行『CLIMBERS #001』掲載当時のものです。
 
 

「観るスポーツ」としての魅力とは?

小田部さんがクライミング専門番組をスタートされたのが3年前。その当初から星野さん、伊東さんが実況・解説としてタッグを組んでいらっしゃいます。スポーツクライミングという競技の魅力を伝えるために、どのような工夫をされているのですか?

小田部:「これまではワールドカップをはじめ、海外から来た映像に実況と解説を付けるスタイルでしたが、今年からは国内大会を中心に生中継にも挑戦しています。お二人はそれで、けっこう大変になったんじゃないかな?(笑)」

星野:「いえいえ、楽しいですよ。競技と一緒に撮影の仕方も進歩してきましたよね。背中から撮る画が多かったのが、カメラの台数が増えて指先のクローズアップまで撮られるようになった。伊東さんが『割り箸ほどの薄さしかない』という表現を使いますが、第一関節までいかない狭いホールドに全体重をかけて登っている選手の画が今ではじっくり見られます。人間ってこんなところに登れるの?って、視聴者のみなさんには驚いてほしいですね」

小田部:「3年目を迎え、技術スタッフを含めて様々な撮り方を考えられるようになりました。 伊東さんが解説で、この選手のここ!と言ったらカメラが寄れるような連携も徐々に可能になっているし、そこも見てほしいポイントです」

伊東:「ワールドカップなどがこうして継続的に放送されることで、大会ごとの課題の違い、 それに挑む選手それぞれの登り方の違いも、楽しみとして理解され始めているのではないでしょうか」

小田部:「僕は実際にクライミングをやっていて、日本代表のコーチもされている伊東先生のス クールに入ってますけど(笑)、 絶対に初心者でも観て面白いはず。不思議なスポーツですよ、競技が始まったら選手の顔が見えないんですから。でも、背中に表情が現れるんですよ!」

五輪競技に採用される3種目の見方や楽しみ方をお聞きします。まず、日本人選手の活躍が著しいのが「ボルダリング」ですね。

伊東:「初めて見た方は『登る』という行為を超えた、想像できないようなダイナミックな動きをどんどんクライマーたちが披露していくので、かなりインパクトがあると思います」 星野:「『ボルダリング』と『リード』は簡単に言えば、前者が瞬発系/短距離、後者が持久系/長距離とハッキリ分かれる。そうやって見てみると、短距離のボルダリングには “ターザン”がいっぱい。ジャンプが凄いんですよ。背丈が小さい選手でも、そこ届くの?っていう跳躍で、次のホールドに到達してしまう。それがボルダリングの奇想天外なところですね」

小田部:「リードは確かにマラソンのようで、じわりじわりと進む感じ。一方でボルダリングは、制限時間内なら何度でもチャレンジできる。より積極的な、アクティブな競技として捉えています。ところがリードは落ちた瞬間に終わりですから、もう本当にネガティブというか(笑)」

伊東:「ヒヤヒヤ感は半端ないですよね」

小田部:「見方として僕は、ボルダリングは『登れ!登れ!』って見ている。リードは『落ちろ!落ちろ!』と思って見ている」

伊東:「そこは『落ちるな!』じゃないんですか(笑)。でも本当に、例えばコンペで応援している身内からすると、リードはドキドキして見ていられないって感じですね」

星野:「『スピード』に関してはある意味、初心者が一番面白いと思う種目かもしれない。ヨーイドンで、対決型で、トーナメント方式で、もうとにかくわかりやすいですから」

伊東:「ただ、常に同じ課題を登るので見栄えも一緒ですし、何回か見ると、やっぱりボルダリングやリードの方に行く人が多いですね」

日本勢が特にボルダリングで強いというのには、どんな理由があるのでしょうか?

伊東:「過去に先輩クライマーたちが切り開いてきた土台が、着実に下へと繋がっている背景があります。また近年、ボルダリングジムが一気に増えた日本は、練習をする場が世界でもトップクラスに充実している。そしてその中で、チャンピオンクラスの選手が定期的に台頭しているというのは大きいですね」

星野:「付け加えるなら、コーチ(伊東さん)が良いんですよ(笑)」

小田部:「それは事実ですね。伊東さんも地元の浜松で活動されていますが、各地区の元トップクライマーがジムを経営して、そこでジュニアをしっかり育てている。これは素晴らしいことです」

伊東:「個人ベースで育成の大会を開催したり、指導者がみんな頑張っていますよね。先ほどの競技としての魅力に話を戻しますが、ボルダリングでもリードでも、僕はルートセッターとの駆け引きに注目してもらいたいです。選手には大会によって“相性”が合う、合わないがあって順位も変動する。特にボルダリングは影響度が激しいので、毎回エキサイティングなんです」

小田部:「そういった経験者の視点を含めて、お客さんの見方も変わってきていると思いますね。盛り上がるタイミングとか、掛け声を 送るポイントとか、最近は“わかってる”なって」

星野:「4月に埼玉の加須でボルダリングのワールドカップ第2戦が行われましたが、選手と運営・演出、そしてファンが三位一体となって非常に盛り上がった印象がありました。みんな一緒に成長しているんだなって」

伊東:「そうですね。僕もかつて、5000人を超える観衆が集まるフランスの大会などを経験しましたが、あれは初めて観る人でも絶対に感動する。今こうして解説者として、あの興奮まで一緒に伝えられたらと思って取り組んでいます」

星野:「オリンピックの追加種目になるにもかかわらず、ファンと選手の距離がすごく近いのも魅力の一つ。一度、会場に足を運んでみてほしいですね。選手がみんなフレンドリーで、お子さんとも年配の方ともフランクに会話していますから。あと、僕が他のスポーツには無いなと思うのが、選手がトライの前に登り方をシミュレーションする『オブザベーション』の時に、相談をし合っている光景。自分の秘策を言ったら負ける可能性だってあるのに、みんなでシェアする。で、勝っても負けてもみんなで称え合う。スポーツクライミングの基礎はやっぱり山登りなんだなって。クライミング・スピリットはずっと流れているんだなって実感しましたね」

伊東:「仲間意識というか、同じものを好きなんだという気持ちがクライミング競技者は非 常に強い。国籍が違っても、その垣根はありません」

小田部:「僕もそう感じているのですが、一度入ったらずっと死ぬまでできる『生涯スポーツ』としての魅力がありますよね。インドアにアウトドア、年齢の幅、レベルの幅、いろんなスタイルのクライミングがあるので、誰もが長く楽しんでいける稀有なスポーツだと思っています」
   

今、見てほしい有力選手は?

ここからは、ビギナーのクライマーにもお手本となる、注目すべき有力選手を聞きた いと思います。「ボルダリング」女子では野口啓代選手、野中生萌選手が世界を牽引していますね。

星野:「コーチから見て、その強みや凄みは?」

伊東:「野口選手はワールドカップで長く活躍できる選手も減ってきている中、年間王者に4度も輝いてなお表彰台に立ち続けているという“女王の風格”、これは本当に凄い。柔軟性と指の力が武器ですが、経験によって培われた集中力で“ああ、もう無理だ”という窮地からも力強く完登して行ける強さがあります。有望な若手がどんどん台頭している今、彼女がどこまで戦っていけるのか、応援しながら注目していますよ」

星野:「その10歳くらい下の世代の代表格が野中ですね。まさに伸び盛りという感じ。今季はワールドカップでも安定して表彰台に上がり(第6戦まで4回)、 第4戦で初優勝も果たしました。今後さらに主役を演じていくことでしょう」

小田部:「男子ですと、ワールドカップで藤井快選手が優勝2回、楢崎智亜選手が優勝1回と、 今季の年間王者の座を争っている凄い状況です。でも、来年は上位の顔ぶれが入れ替わっているのでは?というくらい、日本のボルダラーにはタレントがあふれていますよね。現段階では2人が突出していると思いますけど」

星野:「楢崎選手はそれこそターザン(笑)」

伊東:「体のバネは他種目の専門クライマーを含めても世界トップクラスでしょう。とんでもない身体能力。毎回、驚くような動きを披露しますから」

星野:「藤井選手は外国人と並んでも遜色ない、日本人離れした恵まれた体躯、基礎体力を備えている。だから、ボルダリングでもリードでも年によって課題に様々な変化や流行があるものですが、あの体格を維持していけば、本流から外れることはないでしょうね」

小田部:「柔軟性もありますしね。最近はテクニカルな部分やメンタルの面でも向上して、ミスをしにくい選手になった印象があります」

伊東:「そうですね。穴がなく、総合力で他をリードしている。一方、楢崎の方は自分の長所を前面に押し出して戦うタイプで、ハマった時の爆発力は見る者をも魅了してくれます」

「リード」ではいかがでしょうか?

伊東:「若手では、7月のワールドカップ(第2戦)で準優勝した是永敬一郎選手と島谷尚季選手。この96年生まれの2人には、まだまだ伸びしろを感じます。あと“持久力のリード”と言っても、今やボルダリングのような瞬発性が必要なレベルにまで競技が進化している。100m走がボルダリングだとすれば、リードも400m障害くらいのイメージですね。そういう意味で藤井、楢崎のような、突破力があって読みや集中力にも定評があるボルダリングのトップクライマーが、この先はリード界でも活躍することがあり得るかもしれません」

日本勢のライバルとなる海外の凄腕は?

小田部:「女子は、スロベニアのヤンヤ・ガンブレットがもう……ダントツですね!」

星野:「今季のワールドカップではリードで3連勝中、3種目の総合ポイントでも他を寄せ付けない強さで、第一次黄金期といった印象です。2020年も間違いなく上位に来るでしょうね」

小田部:「それと、海外勢と言っていいのかわかりませんが、アメリカ在住の白石阿島選手」

伊東:「(2001年生まれで)来年からワールドカップに出られますね。彼女も東京オリンピックで必ず優勝候補になるはずです」

星野:「将来的にはヤンヤと阿島が、ボルダリングとリードの両方でしのぎを削る可能性もある」

伊東:「オリンピックは3種目の複合競技になる見通しなので、その両方が強いクライマーがメダルに近づきます。リードではアナーク・バーホーベン(ベルギー)やジェシカ・ピルツ(オーストリア)も有力ですけど、ボルダリングはそこまで得意としてはいないですからね」

小田部:「男子ボルダリングの海外勢では、誰に注目しています?」

星野:「今季のワールドカップ第1戦で優勝もしたアレクセイ・ルブツォフなどでしょうか」

伊東:「ロシア勢は総じてメンタルが強靭だし、息の長い選手も多いですね。おそらく最も 『競技』としてクライミングに取り組んでいる国」

星野:「確かに、大きな大会に照準を合わせてくる印象です。世界選手権のボルダリングでも、ロシア勢は2011年大会まで5連覇ですから。精神の面で安定していて能力の波が少ない。日本勢にとっては手強い相手になるでしょう」
   

9月、世界選手権の見どころは?

その世界選手権が今年、9月14~18日にパリで行われますね。『スカイA』で放送予定とのことですが、今大会の見どころを教えてください。

小田部:「やっぱり僕も野口選手、悲願の初優勝が見たいなあ。それに野中選手が、そしてヤンヤがどう絡んでいくか? 本当に楽しみです」

星野:「あと先ほど言い忘れましたが、ボルダリング女子ではショウナ・コクシー(イギリス)が日本人2人の前に立ちはだかっています。ワールドカップでは第6戦までに4回優勝と、今季の彼女は絶好調。これまではトップを争う野口、アンナ・ストール(オーストリア)の後塵を拝してきたのですが、ついに覚醒した。世界選手権でも見逃せないですね」

伊東:「男子では藤井、楢崎にこのビッグタイトルをつかんでもらいたい。滅多にないチャンスなんですから」

小田部:「この2年に1度の大会で、日本人はまだ誰も優勝したことがないんですもんね」

伊東:「ワールドカップでの勢いをどこまでキープできるか、そこが試されます。世界選手権で活躍できたら本物ですよ」

星野:「オリンピックを考えてもピーキングという点は重要な課題で、注目したいですね」

伊東:「普段の大会ではトップ選手も予選は力を抜き、準決勝あたりから気合いを入れていくというスタイルなのですが、世界選手権になると参加人数が一気に増えるので、予選から一つのミスも許されなくなる。そういう難しさを日本の選手も経験して、もっともっと強くなってほしい。ですので観戦する方としては、もう頭から見逃せません。スポーツクライミングの醍醐味を感じられる大会なので絶対オススメ!」

小田部:「ぜひ初心者の方にも観てもらいたいですね。コンペの規模やファンの熱狂を含めた、 世界のトップレベルというものを」

星野:「それに男子も女子も、みんなイケメンで美人ですから(笑)。いや冗談ではなく、スター性を秘めた日本人クライマーがたくさんいます。2020年に向けて、そうした存在がクライミング界からどんどん登場してほしいですね」
   

スポーツクライミングの3種目

ボルダリング/BOULDERING
いくつ課題を登れたかを競う
高さ5m以下の壁に最大12手程度の複数 のコース(課題)が設定され、各課題4、5 分間の制限時間内で、いくつ完登できたかを競う。成績には要したトライ数も考慮。

リード/LEAD
どこまで高く登れたかを競う
高さ12m以上の壁に設定された最長60手程度のルートを、ロープで安全を確保しながら制限時間内に登る。落下したら競技終了。より高い地点まで到達した者が勝ち。

スピード/SPEED
どれだけ速く登れたかを競う
15mの壁に設定された2本の同一ルートを、 2選手が隣り合わせで登り、勝ち抜き形式で速さを競うスプリント競技。毎大会が同条件のため唯一、世界記録が表示される。

CREDITS

取材・文 編集部 / 写真 森口鉄郎 / 撮影協力 Climbing Gym SPIDER

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