FEATURE 37
裏方プロフェッショナル #007
マヌエル・ハスラー(IFSC国際ルートセッター/『flathold』創設者)
リスクを恐れないルートセットが
クライマーの限界を引き上げる
これが私のクライミング道。舞台裏で“壁”と向き合うプロに迫ったインタビュー連載。第7回は、“世界一登らせないセッター”の異名を持つ、IFSC国際ルートセッターのハスラー氏。チーフセッターを務めたボルダリングW杯八王子大会の会場で話を聞いた。
※本記事の内容は2018年6月発行『CLIMBERS #008』掲載当時のものです。
八王子大会を終えた率直な感想は?
「自分にとっては素晴らしい大会になったと思っているよ。準備にかけられる時間が限られていて多くの不安要素もあったけど、各課題をしっかり作ることができたと感じている」
特に印象的な課題はありますか?
「すべての課題がよくできたと思っているけど、男子決勝の最終課題は特に気に入っているよ。2課題目くらいで優勝が見えてしまう場合もあるんだが、今回は最後まで優勝の行方がわからずエキサイティングだった。誰も登れないと思っていた課題を(楢﨑)智亜が一撃したしね。女子決勝の課題はどうかな。第1課題、第3課題を僕がセットしたんだけど、第3課題は難しすぎたかもしれない。野口選手がうまく対応できたけど、時間が足りなかったね」
ルートセットで意識していることは?
「リスクを取ることなく、完璧なセットはできないということ。セッターが失敗を怖がらずにシビアな課題を作ることで、クライマーの限界レベルを引き上げられると信じている」
具体的にはどう課題を作るのですか?
「まず何もない壁の前に立つ。ホールドを見て決めるんじゃなくて、自分の頭の中にあるアイディアに対して、それを実現するためにはどのようなホールド、素材が必要なのかを一番に考えるようにしている。このやり方はハマった時はいいけど、多くの変更を余儀なくされる場合もある。最初に浮かんだアイディアが必ずしも正しい動きになるとは限らないからね」
最近のボルダリングの課題の傾向について感じることは? 一時よりコーディネーション系が減って、保持力やパワーを必要とする課題が増えてきているように見えます。
「面白い質問だね。今年のTHE NORTH FACE CUPの時に(国際ルートセッターの)岡野(寛)さんからも同じ質問を受けたよ。確かにスタイルは変わってきている。4年前くらいから壁をランニングして飛びつくようなムーブがジムやインスタグラムで多く見られるようになった。僕自身そういったムーブが嫌いではないけど、多くなりすぎたよね。クライマーをプッシュするような、フィジカルを必要とする課題が増えてきたし、僕自身もその方向で作ることが多くなってきている」
ホールドメーカー『flathold』の創設者で、ホールドシェイパーでもあります。現在はどちらの活動に比重を置いているのですか?
「5年ほど前は食べていくためにもルートセットを中心にやっていたが、今はflatholdも成長して多くの機会に恵まれた。最近はセットの回数は減ってきて、ホールド作りの活動がメインになってきたかな。様々な種類のホールドを製造しているけど、僕自身は今はシェイパーというより、デザイナーに近いかたちだね」
日本のクライミングシーンへの印象は?
「初来日は2009年の加須W杯だったかな。その後もTHE NORTH FACE CUPやジャパンカップ、W杯など多くの仕事を(国際ルートセッターの平嶋)元さんと行ってきた。日本のクライマーの強さにはいつも驚かされてるよ」
2020年には東京五輪が開催されます。
「五輪種目に決まった時には絶対にルートセッターとして関与したいと思っていたけど、今は何が起こるかわからないし、参加することができても凄いプレッシャーのかかるプロジェクトになる。とても大きな舞台だからね。もし参加できるのなら、オリンピックが自分のルートセッターとして最後の機会であってもいいかなと考えているよ。年齢も40歳近くなるので、ちょうどいい頃かもね」
CREDITS
インタビュー・文 編集部 /
通訳 湯本友貴花 /
写真 窪田亮
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