FEATURE 36
独占インタビュー
野中生萌 ボルダラーの矜持
物事はシンプル。人生は楽しく!
最終戦を残すのみとなったボルダリングW杯で年間ランキング首位を快走中。“強いクライマー”になりたい――そう掲げた目標に向けて進化を続ける彼女からひしひしと感じるのは、「大好きな」ボルダーへのこだわりだ。9月の世界選手権、2年後のオリンピック、さらにその先へ……。まだ21歳。彼女のクライミング人生から、目が離せない。
※本記事の内容は2018年6月発行『CLIMBERS #008』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2018年6月12日)。
啓代ちゃんとの頂上決戦
ミュンヘンの決勝が今から楽しみです
先日には『タグホイヤー』のブランド・フレンドに就任しました。一流アスリートへの階段を着々と上がっているイメージですね。
「嬉しいですね。まさかこんなカッコいいブランドとご一緒できるとは。プロモーションビデオの撮影では朝から銀座の街を散歩しました(笑)」
まず、ボルダリングW杯についてお聞きします。今季ここまでの率直な感想は?
「第1戦の優勝から始まり、その後は第6戦まで全部2位。2戦目は1位に近い2位だったし、全然ダメだった2位もありました。先日のベイル大会(アメリカ)も途中までは自分の流れをしっかり作れて、優勝までかなり近づいた2位だったと思います。どれも同じ2位ですけど、色々な思いがあります」
その6月8、9日のベイル大会はアレックス・プッチョ(アメリカ)との争いでした。
「予選も含めて難しいラウンドでした。疲労もあり、課題の傾向もフィジカルなものが多くプッチョにマッチしていることはわかっていました。そんな中でも最後まで戦えたことは収穫だったと思います。最後の最後でプッチョの強さを見せつけられたという感じでしたね」
第5戦の八王子大会では風邪の影響で土曜日の予選はかなり辛そうでしたが、決勝当日の朝は体温を測らなかったそうですね。
「正直、ファイナルの前夜は咳も酷くて眠れずしんどかったですね。万全な状態でないことはすでにわかっていたし、そこにマイナスな要素を入れる必要はないと考えていました」
例えば熱があったとして、「それなら仕方ない」と自分を納得させることもできたとは考えませんでしたか?
「思わないですね。『熱あったんだよね』とか『ケガしてたんだよね』ってダサいじゃないですか。大会に向けて調整できなかったというのも自分の弱さですし」
今季は野口啓代選手との一騎打ちが続いています。日本人同士がW杯の舞台でここまでプッシュし合うことはなかなかありません。あらためて野口選手はどんな存在ですか?
「今シーズンはヤンヤ(・ガンブレット)、ショウナ(・コクシー)、ペトラ(・クリングラー)など有力選手が全戦には出場していないので、必然的に私と啓代ちゃんが最後まで競っていく流れになることは予想できました。実際に6戦を通してここまで接戦で競えるのは本当に楽しいです。最終戦も楽しみたいです」
その8月のミュンヘンで順位を上回った方が年間チャンピオンになりそうです。
「年間優勝はそこまで意識してないですね。ここまで最低成績が2位で来ているので、最後まで崩れずに出し切りたいという感覚です」
最終戦にはヤンヤも出場予定ですし、ショウナのコンディションも戻ってくるかもしれません。目標を教えてください。
「過去にも優勝した(2016年)場所ですし、目標はやっぱり優勝です。ヤンヤやショウナが戻ってくるのは、私にとっては『待ちに待った』嬉しいこと。強い選手たちと熱いファイナルを戦うのが今から楽しみです」
今季はスピード種目でも4月にモスクワでW杯に出場し、国内の東京選手権では自己ベストの9秒37を出しました。公式戦で取り組むスピードには慣れてきましたか?
「普段は昭島(東京)で練習しているんですけど、気温、湿度、壁のフリクションなど環境が変わるだけで、けっこう記録が変わりますね。スピードの難しさを感じています」
自分のムーブは定まってきましたか?
「はい、だいたいは。八王子大会の前にロシアのアンナ・ツィガノヴァ選手が来日して一緒に練習する機会があり、私の登りを見てもらいました。改善した方がいいポイントを教えてもらって、持ち手や足の置き位置など細かい部分ですが、少しずつ変えていく感じですね」
目標としているタイムは?
「練習では8秒台が出ているので、9秒前半をコンスタントに出せるようにして、ミスなくできたら8秒台にいけるようにしたいなと」
スピードは楽しいですか?
「楽しいです。でも、まだタイムを縮められる要素があるからだと思います。この先縮めるのが難しくなってくると……わからないですね(笑)。シビアだし、大変な種目です」
ご自身も認める弱点種目のリードですが、現在はどのようなトレーニングを?
「ボルダーのシーズン中でじっくりとはできてないですね。ミュンヘンまで時間が空くので、少しずつ長モノを登って、持久力的な要素を入れていこうと思います。7月から始まるリードW杯も最初の2戦は参戦する予定です」
以前のインタビューでは「リードは登っている途中で素に戻る」と言っていました。その感覚は変わってないですか?
「変わってないですね(笑)。それはもうリードを始めた時からずっとで、『なんで、登ってんだろう、私』って毎回思っちゃうんです。でも、しっかり取り組まないといけませんね」
好きなボルダーで限界まで
五輪が終わったら、3種目はやらない
他の選手が東京2020を意識して、バランス良く3種目への適応とトレーニングを進める中で、野中選手は「ボルダーを極める」ことへこだわりが強いように感じます。
「それはあるかもしれません。自分の一番得意な種目だし、オリンピック競技に決まる前から、ボルダーが好きで、強くなりたくてやっている。『ボルダーが強くなりたい』という軸は変わらないですね」
「強いクライマーを目指す」野中選手にとって、ボルダーが強いということは、どういった意味があるのでしょうか?
「ボルダーが突出して強いことによって、オリンピックでのメダルを確実なものにするという狙いはあります。ただ、私はたぶん東京オリンピックが終わったら、3種目をやらなくなるし、好きなボルダーで行けるところまで行ってみたい、という気持ちがあります」
ボルダーが好きな理由は何ですか?
「リードの楽しさももちろんわかるんですけど、ボルダーはやっぱり登ってて一番楽しいって思えるからですね。ファンで登るボルダリングも、競技も、外岩も、全部大好きです」
9歳からクライミングを始めて、夢中で走り続けて今があると思います。2020年というのは、ご自身の中で一つの区切りになるのでしょうか?
「オリンピックがあるから、このレベルまで来られたんじゃないかと思います。あと3年、2年、1年とカウントダウンが進む中で、どれだけ強くなれるか。オリンピックがなかったら、こんなに必死になってるかな?って」
以前には「東京2020が目標」と決めつけられることに違和感を感じている、と話してくれました。その気持ちは今もありますか?
「半分半分ですね。自分の中で消化できているところもあります。オリンピックが自分の中の目標としてしっかり定まってきたこともあります。受け入れていることもあれば、どうしてもちょっと……と感じる部分もあります」
オリンピックのために始めたわけではないし、やっているわけでもない?
「はい。でも逆にオリンピックを利用して、この短期間でここまで集中して取り組むことができているとも感じています。結果的に『強いクライマーになる』という自分の目標に近づいていければいいと思います」
野中選手が発する言葉はシンプルで力強いですよね。
「特に意識はしていませんが、いつも感じているのは、『物事は自分が思っているよりも、本当はシンプルだ』ということ。色々考えて悩んで落ち込んでグダグダしている時も、私は結局シンプルに考え直すことができた時に、ぱっと楽になって、切り替えられるんです。だからシンプルな言葉が出てくるんだと思います」
「雑魚にはなりたくない」など、言葉としてシャープな印象があります。
「『性格キツいよね』ってよく言われるんですけど、自分でも確かにキツいなと思うし変えなきゃなと思う時もあるんですけど、競技者として考えた場合、こういう性格だからこれまで結果が出せたのかなと思うところもあります」
誰かの影響はありますか? 三姉妹の末っ子ということは関係あります?
「どうだろう、関係あるのかな。一番下だから舐められたくなかったからか、姉妹の中でも私が一番キツいかもですね」
言葉がシンプルで力強いというのは、アスリートにとっていいことだと思います。
「本を読んでいても、短い言葉で強いメッセージがあるとグッときて心に残ったりします。シンプルな言葉の裏に色々なストーリーがあって、それが言葉に凝縮されているというか」
人生、めちゃくちゃ楽しい
さんまさん、めっちゃ面白かったです!
今季は特にタイトなシーズンですが、オフはどのように過ごしていますか?
「意識しているのは疲労を溜めないこと。完全オフの日は流れに身を任せている感じですね(笑)。映画を観るのも好きです」
最近は何を観ました?
「飛行機で新作をチェックしつつ、このあいだ家で見たのは『シンドラーのリスト』かな。あと、ホラー映画をビクビクしながら一人で見るのが好きですね」
この1年はバラエティ番組なども含め、メディア露出の機会が増えました。こういった新しい体験は楽しいですか?
「『踊る!さんま御殿!!』に出演させてもらったんですけど、さんまさん、めっちゃ面白かったです! テレビで見てるまんまでしたね。トークの回しなんか『さすがプロやな』という感じで(笑)。私も楽しかったし、見てくれた周りの人も楽しんでくれたみたいで良かったです」
21歳。同年代は就職活動を始める時期です。プロクライマーではなかったらどんな人生になっていたか、想像したりしますか?
「それは今に限らず、ずっとしていますね。中学生の時にクライミングに集中するために部活を辞めたり、クライミングの環境を優先して高校を選んだり、大学に行かずプロになったり、そういう選択をするたびに、思います。やりたいことをやってこられているので、何になりたかったというのはないんですけど」
自分の選択に不安や後悔はありますか?
「まったくないですね。めちゃくちゃ楽しんでます、自分の人生!」
野中選手といえば、インスタグラムを使いこなしている印象もあります。
「むふふ、インスタ楽しいですね。インスタを通して、クライミングのことや私のことを知ってもらえたら嬉しいですね」
インスタにクライミングの写真をアップしている方も多いですが、「いいね!」をいっぱいもらえるコツを教えてください。
「最近だとベイル大会で(ハリボテに)顔を打ったやつを投稿したんですけど、あれの反応は凄かった。投稿した瞬間にコメントがぶわーっときて。けっこう失敗系はいけますね。前にもジャンプ系の課題を失敗して顔面を打った動画を載せたんですが、ビュー数が伸びたし、アクシデント系はいいかもしれません(笑)」
9月には今季のハイライトである世界選手権がインスブルック(オーストリア)で行われます。大会に向けた調整はいかがですか?
「初めて参戦した2014年のミュンヘン大会ではW杯との違いを思い知り、『次こそは』と思って臨んだ2016年のパリ大会ではペトラに負けて、あらためてこの大会の難しさを痛感しました。他国の強豪選手はW杯では全戦に出場せず、世界選手権にピークを持ってきています。W杯を戦ってきて、自分の調子は間違いなく上がっている。去年より強くなっている実感もあります。ボルダリング優勝を目指して、できることを全部出し切りたいです」
世界選手権は最高の舞台です。髪は何色でいきましょう?
「それは髪の傷みとの闘いですね(笑)。髪の調子が良ければ、目立つ感じのハイトーンな明るい色でいきたいです!」
CREDITS
インタビュー・文 編集部 /
写真 Ryu Voelkel/アフロ、永峰拓也
メイク MAYUMI(KOOGEN) /
撮影協力 PUMP CLIMBER'S ACADEMY
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PROFILE
野中生萌 (のなか・みほう)
1997年5月21日、東京都生まれ。9歳でクライミングを始める。2014年に16歳でボルダリングW杯に初参戦し、翌年には年間ランキング3位に。16年は第4戦で初優勝を飾るなど年間2位に躍進し、世界選手権でも準優勝を果たした。今季はW杯第6戦を終えて首位と、初の年間優勝に迫る。好きな言葉は“「今に見てろ」と、笑ってやれ”。