FEATURE 32
独占インタビュー
速さを求め、孤軍奮闘するスピードスター
日本はスピードが苦手という印象をぶっ壊したい
2020年のオリンピックに向け、スピードウォールの整備や代表レベルでの強化が進む日本。しかし、毎回同じルートを登りタイムを競うという、リードやボルダリングとは異なる特性もあって、国内での普及はなかなか進まなかった。そんな状況下で、スピード種目に専念し孤軍奮闘するのが、現在順天堂大学に通う池田雄大だ。日本人初の6秒台をたたき出す6日前、スピード種目の国際大会「SPEED STARS 2018」で話を聞いた。
※このインタビューは2018年4月29日に収録されました。
やればやる分だけ。スピードの魅力
今回は日本のスピード界を引っ張る池田選手にお話を伺いたいと思います。
「自分くらいしかいないですよね(笑)。こんなにスピードやってる人って」
池田選手のクライミングとの出会いはいつだったのでしょうか。
「入学した高校にクライミング部があって、そこで入部したのが始まりです」
スピードをはじめたのは?
「高校卒業まではボルダーとリード、その後はずっとボルダーをやっていましたが、大学で出場する日本学生スポーツクライミング個人選手権大会(学生選手権)の実施種目が3種目だったことが、スピードをはじめるきっかけでした。昨年9月に、11月の学生選手権に向けて試しに1回やっておこうというテンションで、西東京にあるGIRI.GIRIというジムに行ったら、思った以上に楽しかったんです。10m(国際規格は15m)のスピードウォールがあるんですけど、そこで登ってみるとやればやるだけタイムが速くなっていって」
やればやる分だけ結果に表れることが、スピードにはまった理由の一つなんですね。
「ボルダリングやリードって自分がどのくらいの実力かとか、どれくらい伸びているのかとか、少し図りにくいと思うんです。でもスピードって明確で、結果が出ることは残酷だって言われることもあるかもしれませんが、自分はそれが好きで。タイム差が歴然とあるのも、それもそれで悪くないと思える。元々タイムを競う陸上部などが合ってたのかもしれません。
学生選手権では、リードとスピードが同日開催だったんですが、リードをキャンセルしてスピード1本に絞りました。その甲斐もあってか、6月に開かれるFISU世界大学スポーツクライミング選手権大会2018(世界大学選手権)の代表権を獲得することができました」
ボルダー、リードと比べてスピードのトレーニングは全く異なるそうですね。
「ボルダー、リードは登り込みが大事で、壁でのトレーニングが中心だと思うんですけど、スピードは筋肉が求められるので、ジムの中でのトレーニングが多いです。今日のSPEED STARSで決勝に進んでいるようなメンバーって、みんな脚の筋肉がすごいじゃないですか。単種目の選手だからできることだと思うんですけど、自分も太ももに筋肉が結構付いてきて、体重も増えました。もちろん、技術的な面はスピードウォールを登って向上させています」
技術向上のために行っていることは?
「ipadを使って動画を撮影して、クセを見つけては、ちょっとづつ修正しています」
大会に出るような選手は目線は上を向いていて、手元足元は見てないですよね。
「そうですよね。自分も足元はもう見ていないです。自分の場合は週2の練習をずっと続けて、1ヶ月くらいでホールドの配置が頭に入りました」
憧れから、手の届く存在へ。
「いつかはライバル視されるようになりたい」
憧れの選手はいますか?
「今日も出場していたロシアの(スタニスラフ・)ココリンですね。足の回転で速さを出して登っていくのがかっこ良いって思って。それとインドネシアのアスパル(・ジャエロロ)。この選手もココリンのように足の回転を速くして刻んでいくムーブで、自己ベストは非公式だと5秒2を出しています(※)」
ムーブの話が出ましたが、スピードには何種類かのムーブがあると伺っています。
「ココリンのように足の回転を速くして細かく刻んでいくムーブや、(楢崎)明智君とかがそうなんですけど、リーチのある人がホールドを飛ばしていくムーブなど、男子は大きく分けると3~4種類ほどあると思います」
奥が深いですね。
「そうなんです。世界一のレザーは、スタートから左側のホールドを飛ばして、『ぐわん』って飛ぶムーブがあります。最近はそのムーブを使う選手も増えてきてるんですけど、これがすごく難しい」
リスクもあるけど、速さもある、といったところでしょうか。
「強豪選手でも調子が良くないとそのムーブはやらないみたいです。あと、ロシアの選手は身体の芯が動かなくてまっすぐ登っていくんですけど、インドネシアの選手はわざと小刻みに振りを作って登っていく。国によっても違ったりしますね」
ちなみに池田選手のムーブは?
「自分は女子ムーブと呼ばれているものです。どちらかというと小刻みに登っていくタイプですね。ちなみに女子はムーブの種類が少なくて、まだ1種類しかないと思います」
今ベストタイムは公式記録で7秒45、国内スピードランキング3位です(取材当時)。スピードW杯への代表派遣の基準タイムには6秒2が設定されていますが、意識はされていますか?楢﨑明智選手は7秒の壁がなかなか超えられないともおっしゃっていました。
「今自分の中で6秒5を出すイメージはできているんですけど、6秒2って、今日の大会でもなかなか出ていない。相当なタイムに設定されてるなとは感じていますが、今年中に出して、来シーズンにはW杯に参加したい気持ちはありますね」
今回世界トップクラスの選手が集まったSPEED STARSに出場されてみて、感じたことはありましたか?
「始めはこんな風に登れたらなって、海外選手は憧れだったんですけど、段々スピードという種目に慣れてくると、手の届かない存在ではなくなってきている感覚はあります。もう少し頑張れば5秒出せるなって、少しづつ自信にもなって。今日は多分視界にすら入ってなかったと思うんですけど、いつかはライバル視されるようになりたいって改めて思いましたね。それと、まだ歓声の中での登りに慣れていないことにも気づくことができて、自分にプレッシャーを掛けた状態での練習も必要だなって思えたのは大きいです」
もっとたくさんの人にスピードを体験してみてほしい
日本ではスピードという種目はなかなか馴染みがなかったと思います。そんな環境のなかで、スピードに取り組んでこられて感じたことはありますか?
「最近も褒めてくれる人と、褒めつつも『スピードやってんの?』『今の時代に生まれて良かったね。前だったら馬鹿にされてたよ』みたいな感じで言ってくる人もいます。でも、あまり周りの声を気にしない性格ですし、自分の中でスピードに対する火が付いているので、何かを言われても止まらないと思います。
これからは、自分みたいな人もどんどん出てくるだろうし、スピードができる環境があれば、その楽しさを感じる人は絶対にいるはずだと思います。明智君とか、野中(生萌)選手とかも、やってみると面白いって言っている。圧倒的に日本でスピードやったことある人って少ないじゃないですか。だからそういう偏見じゃないですけど『スピードなんかクライミングじゃねぇ』みたいな、そういう見方が多いのかなって」
何事もやってみないと分からないですよね。
「これこそやってみないと分からないと思うんですけど、負けても楽しいんですよ、スピードって。負けても気持ちいいんです。盛り上がり方もボルダリングとはまた違うじゃないですか。ゴール手前でミスしても『ワー!』って歓声が上がる。ボルダリングだと、登り切って達成感があるって言いますけど、スピードは変な話、負けても気持ち良いというか。今はスピードができるジムも少しづつ増えてきているので、もっとたくさんの人にスピードを体験してみてほしいですね。そしてこれからは、クライミングを始める最初の種目がスピードっていう人も多く出てくると思います」
日本人がスピードに取り組むにあたって、体格的に不利だとは思いますか?
「関係ないと思います」
やはりスピードの壁が少ない環境が一番の要因でしょうか。
「そうですね。まず取り組む環境がないとどうしようもないじゃないですか。なので、仕方ないと思うんですよ。弱いというよりかは、やってなかっただけだと思います」
目標はありますか?
「まず、日本はスピードが苦手という印象をぶっ壊したい。それと、日本の青いユニフォームを貰いたいので、6秒2を出すこと。まだビジョンは浮かんでいないんですけど、その先は5秒台を出せたらと思いますね」
直近では世界大学選手権も控えていますね。
「それまでには6秒台を必ず出します。そして国内スピードランキング1位になる自信もあります」
こう語った池田雄大は、この6日後、日本山岳・スポーツクライミング協会実施のスピード競技記録会で6秒94をマーク。日本人初の6秒台に到達し、国内ランキング1位(※)に立った。
CREDITS
インタビュー・文 編集部 /
写真 森口鉄郎
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PROFILE
池田雄大 (いけだ・ゆうだい)
1998年1月1日生まれ。高校の部活動でクライミングをはじめる。卒業まではリード、ボルダリングを行っていたが、大学で出場する大会にスピードが含まれていたことが転機となり、スピード種目に専念することとなる。2018年5月に日本人初の6秒台をたたき出し、国内スピードランキング1位に立った。同年6月の世界大学選手権には、同種目の日本代表として出場予定。