FEATURE 31

独占インタビュー

野口啓代 集大成の五輪へ。自分のために登る

集大成の五輪に向けて
「自分のために登る」こと

「何度も諦めようと思った」。2月のボルダリングジャパンカップ(BJC)、その2年ぶりの優勝インタビューで語られた言葉には少し驚かされた。けれどそれもまた、野口啓代のありのままの姿。クライミングが大好きで、調子が悪い時も良くなるまで登り続け、自分のそのまんまを知ってほしいと言う彼女の魅力である。“女王、返り咲き!”で幕を開けた新シーズン、そして2年後に向けてまだまだ成長を感じたいと話した日本一のクライマーに、今年も注目だ。

※本記事の内容は2018年3月発行『CLIMBERS #007』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2018年3月5日)。
 
 

15年間、いい時も悪い時も
自分が登りたいから、ここにいるんだ

昨日のリード日本選手権は惜しくも2位という結果でした。試合後、決勝では「躊躇(ちゅうちょ)してしまった」と明かしていましたが、あらためて今大会を振り返ると?

「準決勝も決勝も終了点タッチのところで落ちてしまいました。2016年の日本選手権では優勝できたのですが、私自身リードに苦手意識があって、やはりボルダーとの両立がすごく難しい。ワールドカップでも思うような登りができなかったですし、今大会もあと一歩ってところで弱さが出ちゃったかなと感じています。やっぱリード難しいなぁーって(笑)」

1カ月前のBJCに続き、森秋彩選手と最後まで競り合う展開になりました。まだ14歳でありながら、BJCで2位、今大会で優勝を果たした彼女の印象を教えてください。

「同じ茨城出身なんですけど、年齢も離れてますし、今まで一緒に登ったことはほとんどなくて。(野中)生萌や(尾上)彩ちゃん、(小武)芽生ちゃん、(伊藤)ふたばちゃんなど、ワールドカップに出るメンバーとは普段からセッションしたり、練習内容に関する会話もよくするんですが、秋彩ちゃんの実力は未知数でした。リードが強いというのは知っていたんですけど、ボルダーは正直びっくりでしたね」

そのBJCでは大会直後に「今回優勝できなければ自分はダメだと思っていた」、「去年はワールドカップで1勝もできず辞めようとも思った」といった発言をされていました。我われからすると、そこまで考えていたのかと驚かされる部分もあったのですが……。

「こういったインタビューを受けた時に意外だなと感じるのが、周りから思われている印象と自分が思っていることにけっこうギャップがあるなって。たぶんほとんどの選手がそうだと思うんですけど、みんな人前に出ている姿には、ポジティブで楽しんでて常に前向きみたいなイメージを持たれていますよね。でも実際は、やはりスポーツだし、たくさんのプレッシャーを受ける中で、どの選手も多少なりとも苦労していたり、すごくいい時があれば同じくらい悪い時もある。そういうネガティブな時期と結果も出てハッピーな時期、半々だと思うんです。私の場合、このBJCという大会は、10連覇が懸かる年に初めて負けちゃったり(2015年)、去年も大切な場面で逆転されて2位に終わったり、最近は悔しい思い出も多かったですし、良いことも悪いことも経験し過ぎて(笑)。なんというか、思い入れが強い大会になってしまったからこそ、いろんな感情が湧いてくるんですね。一方では予選も決勝も、それに向けた練習を通しても、自分自身を成長させてくれる大事な大会です。けれど、一番緊張するというか、気負っちゃう大会でもあるんです」

 

2月4日、BJCの決勝で。昨年、伊藤ふたばに明け渡したタイトルを1年後、同じく中学生の森秋彩に競り勝って奪還した(写真:窪田亮)

そういう意味で、近年はネガティブな経験をされることも多くなった?

「2016年が一番しんどいシーズンでしたね。その前年に足をケガしたことでコンディションが定まらず、ワールドカップでも思い通りの成績が残せなかった。年間を通して反省点の方が多い年だったと思っています。昨年は、BJCであまりいいスタートが切れませんでしたが、それを弾みにして八王子(ワールドカップ第4戦)でいいパフォーマンスを披露できたり、ちょっと前向きになれたというか、自分の成長を感じられる1年だったという印象です」

“辞めようかな”と思う瞬間って、けっこうあるものなのですか?

「クライミングをずっとやっていると、自分はここで続けるのか?それとも辞めるのか?っていう選択を迫られる時期が誰でもあるんじゃないかと。それは年齢とかでもないと思います。例えば、中学校から高校に上がるだけで環境はがらりと変わるし、高校を卒業して大学生になった時も、大学に重きを置くか?クライミングを中心に置くか?で悩むだろうし。引退するという意味じゃないんですけど、自分にとって何が軸か?って、どんな選手も、一般の方でも、自問するタイミングがあるはずです」

野口選手の場合は、コンペティターとしての現状に迷いを感じたと。

「私は1年や1大会ごとの成長の度合い、成長率という部分でけっこう考えちゃうんですね。女子でいうと、中学生から高校生くらいが会うたびに強くなってる!と感じられるほど能力が伸びる時期。男子なら20歳前後でしょうか。その成長率で負けていたら絶対に勝てないので、今一番伸びてる世代や今後もっと伸びそうな世代と比較して、自分も成長できているのかな?って考えてしまうんです。1年後の自分のパフォーマンス、1カ月後の自分の変化を想像した時、勝てないなと思っていたらヤバいじゃないですか。以前は“今回2位でも次は1位になれるかな”とか想像できたんですけど、今は“優勝できたけどこのままじゃ来年は決勝もキツいな”とか“今日は良かったけど次は無理かも”みたいに感じてしまうこともある。ケガをしてブランクがあってその分置いてかれちゃった気がしたり、結果に繋がらないと同じことをやっていても意味ないなと迷いが生じたり、そんな瞬間が増えてきたという」

それでも、こうして15年、このメンタル的にもフィジカル的にも負荷が大きいスポーツを続けられている秘訣とは?

「何かのためにというか、見返りを求めちゃうとキツいと思いますね。例えば、このコンペで勝ったらお金持ちになれるかなとか、認めてもらえるかなとか、そういうのを期待しちゃうと苦しくなる。あくまでも自分が登りたくて登ってる。自分のために登る。もちろんサポートしていただいている方々の応援に応えたいのですが、それよりもまず、自分が登りたいから登っていて、自分がこのコンペで優勝したいからここにいるんだと実感するっていうのは、すごく重要だと思います」

それは説得力があります。

「自分のために登るっていうのが一番ですね。岩場中心のクライマーとか完全にそうですけど、その気持ちが結局、一番大切かなって」

 

今年は3種目すべてやる!
目標は世界選手権コンバインド優勝

2月にはインスブルック(オーストリア)で長期合宿を行っていましたね。どんなテーマでトレーニングをされていたのですか?

「今年9月に世界選手権が行われる地で、優勝を目指すと言ってもなかなかイメージしにくかったので、今のうちからまず現地に行ってみようと。また、その予選が地元のジムで開催されるということで、実際に壁に登って課題の傾向に触れるという体験はいい刺激になりましたね。あとは、リードとボルダーとスピードが一つのジムでできる環境って日本にはないので、1日で3種目やるのはどのくらい体がキツいのかとか、頭の切り替えがどれだけ素早くできるのかとかを試したかった。今回は(楢﨑)智亜と千葉(啓史)トレーナーが同行してくれたのですが、千葉さんがアップの方法や体の立ち上げ方、イメージの仕方などを一緒に考えてくれて、世界選手権に向けていい作戦会議ができたんじゃないかなと思います」

アンナ・ストール選手(オーストリア)と一緒に登っていましたけど、1つ年上の彼女とは仲がいいのですか?

「そうですね。ワールドカップに初めて出た頃から知っていて、アンナの存在があったから、ボルダリングを楽しみながらワールドカップを戦ってこられたというのはあります。自分に影響を与えてくれる存在として、私にとっては優勝争いでライバルとなる選手の人間性も重要で、アンナとは相性が良かった。ほとんど英語をしゃべれなかった当初から、一緒に登っていて肌で感じることも多かったですね、今でもいるだけで落ち着くし、お互い感化される部分があって、今回もいい時間を過ごせました」

 

4月からボルダリング、7月からリードのワールドカップが始まりますが、どれくらい出場する予定ですか?

「ボルダーもまだ全戦に出るかはわからないですね。というのも、今年からはしっかり3種目をバランス良く、トレーニングからやっていきたいと考えているので。もちろん全部出たいって気持ちはありますけど……。スピードはまだ少しやらされてる感がありますしね(笑)。でも、3種目やると決めたので頑張りたいです。ただ、どんな苦手なことでも、これまでと変わらず楽しむ努力はしていこうと」

スピードのワールドカップにも?

「それも監督と相談ですね。いきなり大きな大会でやれと言われても厳しいし、何回か雰囲気をつかんでから本番という感じですね。タイム(自身最高記録は12秒79 ※)は明らかにトップ選手たちよりも遅いので、集中してベストを尽くす練習をしていきたいです」
※当時

世界選手権の目標を教えてください。

「3種目すべてに力を入れるという1年で、やはりコンバインド(3種目総合)で一番いい順位を出したいなと思っています。そのためにはリードとボルダーで決勝に残ることはマストだし、スピードも足を引っ張らないくらいのタイムを出さなければなりません」

では、今シーズンの一番の目標は?

「世界選手権のコンバインド優勝ですね」

ボルダーの年間総合優勝などではなく?

「はい。あくまでも3種目で。あとは、新たにスポーツクライミングが競技採用された『アジア競技大会』(8月18日〜9月2日)がインドネシアで開催されるので、その大会と世界選手権の2戦が今年一番のピークだなと考えていて、ワールドカップはそのための大会というふうに位置づけています」

 

登る、振り返る、寝る
キツい時は実家の壁でぼーっとします

先日まで平昌五輪が行われていましたが、あと2年半となった東京2020について、以前より意識するようになりましたか?

「日常の中で一つの種目だけのことを考える時間がだいぶ少なくなりましたね。例えば、リードの大会の日に今日ボルダーやったらどのくらい登れるかな?とか考えたり。私はクライミングをする時、ポジションや力の使い方、抜き方など、壁の中でのフィーリングがすごく大事な要素になるんですけど、そういう頭の切り替えだったり体の使い分けだったりを常にイメージするようになりました」

我われもこうして聞いてしまいますが、オリンピックに関して何度も、様々なことを質問されることに煩わしさはないですか?

「結局、登っている時は大会のことや他の選手のこと、順位のことってまったく考えてなくて、体の感覚だったり目の前のホールドしか見えていないので、自分に集中できている時はあまり周りのことは気にならないですね」

野口選手は取材対応がとても丁寧ですよね。大会での囲み取材などでも、競技直後にもかかわらず、30分くらいかけて一つひとつの質問に受け答えをされていて。

「そうなんですか?(笑)、他の人のを見たことがないからよくわからないです」

 

こういうことを伝えようと思っているとか、メディア対応時に意識していることがあれば教えてもらえますか?

「こうしたインタビューって自分にもとてもプラスになるんです。なぜなら、今回の日本選手権のことだったりBJCのことだったり、『振り返る』ってすごい大事。それで自分の頭の中がすごい整理されるので。しっかり整理できれば、すぐ次に向かえる。ショックだったり嬉しかったり、思うことはたくさんあるんですけど、感情的になり過ぎるとなかなか次に切り替えられなくなっちゃう。このような場で話すことで、冷静に振り返ることができています」

言葉にして、吐き出して、リセットする感じでしょうか?

「そうですね。聞いてもらったことに素直に答えて。それで自分もスッキリするし、スッキリしたら、じゃあ次を頑張ろうって思える。また私は、クライミングのことだったり自分のことだったり、そのまんまを知ってほしいな、伝わってほしいなと思っています。例えば優勝した後はすごく嬉しいし、昨日みたいに悔しいなとか優勝したかったなっていうのも本音ですし。なので、これ聞かれたら嫌だなとか、答えたくないなって話は特にないですね」

常にプレッシャーと戦っている環境では、リフレッシュも大事ですよね。

「調子がいい時は、登ってて本当に楽しいし、リフレッシュが要らないと思うんです。もうやればやるだけ結果も出て、成長できて、ストレスも溜まらないし、何よりもっと登りたいって感じるので。逆の時はキツいです。調子が上がらなかったりケガしていたりで思い通りに登れず、トレーニングの時間も楽しめないような時は、他で何か楽しいことをしないと自分の中でバランスが取れなくなりますね」

そういう時は何でリフレッシュを?

「でも私は、早く調子を上げたいな、早くそのクライミングを楽しい状態にしたいなって思っちゃうので、それがいいか悪いかはわからないですけど、調子が上がるまで登っちゃう(笑)。調子が悪くてつまんないって感じた時、ひたすら調子を上げよう上げようとしちゃうタイプなので。今日は調子が悪いから違うことしよう、みたいには実はそんなにならないですね」

野口選手らしいですね。ちなみに、お休みの日は何をすることが多いのですか?

「私、寝るのがめっちゃ好きで、ひたすら寝ちゃうんですけど(笑)。何もない日は本当に寝てます。時間が取れたら、友達とご飯に行ったり買い物に行ったり、という感じですね。あとよく実家に帰ります。うまくいかなかったりキツいなって時は実家に帰りたくなりますね」

それは、どんな目的があって?

「特別に家族で何をしたりってわけではないんですけど、やはり実家のプライベートウォールが私にとっての原点というか、気持ちを整理できる場所なので、調子が悪いと帰って、壁の前でずっと一人でぼーっとしてたりとか」

登るわけでもなく?

「登らないこともありますね。本当に調子が悪くて嫌だなって時は、壁の前でいろいろ考えたり、ぼーっとしたり、それでスッキリしたり」

漠然とした質問になるのですが、野口選手にとって今、将来の夢はありますか?

「その質問をされるといつも難しいなと思うのが、もともとクライミングだけをやりたかったというか、子供の時からクライミングをしてる時間が一番楽しくて、それが生活のメインだったら毎日すごいハッピーだなって考えていました。その上で、ワールドカップで優勝したいとか世界一になりたいとか夢が広がっていって、それが今こうして実現できているので、夢が叶っているという感じはしていますね」

東京2020に関してはどうですか?

「次の大きな目標は絶対にオリンピックなので、日本代表として出場して、そこで一番いいパフォーマンスができたらいいなと、選手としての集大成になる自分のクライミングができたらいいなと思っています。結果は後からついてくるものなので、もちろんメダルを獲れたらいいなって気持ちもありますけど、まずは最高の登りをそこでしたいですね」

 

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 永峰拓也 / 撮影協力 DOGWOOD Climbing Gym 調布店

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PROFILE

野口啓代 (のぐち・あきよ)

1989年5月30日、茨城県生まれ。小学5年生でクライミングに出会う。2005〜14年にBJC9連覇を達成、08年にはW杯ボルダリング種目で日本人女性初の優勝を飾り、09年、10年、14年、15年と年間総合優勝に輝いた。17年はボルダリングでアジア選手権を2連覇し、W杯では年間3位。迎えた新シーズン、BJCで2年ぶり11度目の優勝、リード日本選手権で準優勝を果たした。

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