FEATURE 22
日本で唯一W杯を連覇した男
安間佐千が説くリードのすすめ
あなたのキャラクターは…実はリードに合ってるかも
2017年W杯の熱狂はボルダリングからリードへ。高さ12m以上の壁に設定されたルートに対し、どこまで高く登れるかを競う、落ちたら終わりの“一発勝負”。その魅力を、世界を制した安間佐千氏に語ってもらった。
※本記事の内容は2017年9月発行『CLIMBERS #005』掲載当時のものです。
「ボルダリングよりも複雑なだけに、好きな人はどんどんのめり込んでいくと思います」
今日はスポーツクライミング競技の一つ、リードの魅力をあらためてお聞きしたいと思います。
「まず特徴として安全を確保するために必要な、ハーネスを装着してカラビナにロープをかけて行くという動作が、単純に登ることとは別に加わります。そうしながら、基本的にはボルダリングの連続ですね。一つひとつの課題を攻略しながらどこまで到達できるか。ただ、ノーミスでもギリギリでも完登すれば同じというボルダリングに対し、リードはその一つひとつの動きが疲労として蓄積していく。それで高所の核心部において、余力があるかどうかやボルダリング的なシークエンスがわかるかどうかで勝敗が分かれるわけです」
持久力はもちろん、総合的なクライミング能力が問われるわけですね。
「ボルダリングよりも複雑なだけに、好きな人はどんどんのめり込んでいくと思います。見るポイントもたくさんありますから」
現在ワールドカップが開催中ですが、世界中を転戦された安間さんにとって特に思い出深い大会はありますか?
「各大会で全然、雰囲気が違いますよ。一番有名なのはフランスのシャモニー。モンブランの麓にあり、アルパインクライムをする人たちが多くいる町で、そのど真ん中の広場が会場になるんです。なので決勝は町中の人が見に来て、僕が優勝した2012年大会の時もこんな状況でやれるの?ってくらい雨が降ってたんですけど、物凄い観客でしたね。他では、スロベニアのクラーニでしょうか。年間の勝敗が決する最終戦の開催地なので。僕の前に平山ユージさんが年間王座を2度獲得していますが、その時からコンペが行われていた歴史ある場所。“おじいちゃん壁”と呼んでいいのか(笑)、すごく古く、低いし、ちょっと壁の設置がズレててエッジが出ていたりする。そこを手で使ってもOKだったり、不思議な味があるんですよね」
それから4、5年が経ち、今のリードシーンには課題の傾向など変化が見られますか?
「まず大きく変わったのが、準決勝と決勝の競技時間が(8分から)6分に短縮されたこと。それによって課題の難易度は下がったと思います。ルートは短くなっていないので、より時間に追われながら登る感じで。また、ジリジリとした繊細な動きの中にも、今はランジやマントルっぽく返すようなダイナミックな動きが増えてきていますね」
それは、より“魅せる”という意識もあって?
「そうですね。競技をより多くの人に印象づける一つのテクニックだと思います。ただ、今まさに変化の最中にあり、セッターにとっては課題の難易度を試行錯誤している段階というか。きっと来年になればセッターもさじ加減が掴めてきて、もっと面白い展開になるのではないでしょうか」
今シーズン、日本勢では男子の是永敬一郎選手、波田悠貴選手の奮闘が印象的ですが、2人の登りをどう見ていますか?
「今年はヤコブ・シューベルト、ゴーティエ・シュペール、アダム・オンドラなど、近年のトップ選手が継続的に出場してないんですよ。そんな決勝進出のチャンスが広がった状況を、確実に物にしているのが日本人たち。ボルダリング熱がこれだけ高まっている日本で鍛えられた強みだと思うんですが、組み込まれ始めた激しいムーブに彼らは順応できている。また、一回失敗したら終了というリードにおいて、かなりアグレッシブにボルダリング的な動きに向かって行けているのがいいですね」
求められるのは、持久力だけではなくなってきている
リードが得意なクライマーには共通した特徴があるものですか?
「持久力は練習量が物を言うので、これに関してはハードなトレーニングを継続的にやれるかどうか。是永くんしかり、メチャクチャ練習するタイプだと思うので、その積み重ねがあるのでしょう。でも時代の流れ的に、持久力だけが重要ではなくなり、求められるものがシフトしているとも感じています。大舞台で果敢にチャレンジができて、それを着実に安定して成功させられる能力ですね」
持久力と保持力があれば勝てる、というわけではないのですね。一方、女子ではヤンヤ・ガンブレットの強さが際立っていますが、彼女については?
「まさにさっき言った、緊張感のある核心部でもリスクのある動きを精度良く平然とやってのけてしまう。新しい時代の選手だなって思います」
日本勢では、まだユースB世代ですが、森秋彩選手が注目されていますね。
「僕はよく、その人の内面にどんなキャラクターがいるのか?っていうのを見るんですよ。ヤンヤには凄いパワフルなキャラクターがいる。そして森さんにも似たような、“誰が何と言おうと私はこれをやる”みたいな力強さをメチャクチャ感じていて」
まだ中学2年生でおとなしい印象もありましたが、秘めた闘争心のようなものが安間さんには見えるのですね。
「全然おとなしくないと思います。けれどそういう凄い存在感を持っている人って、普段あまりそれを表に出さなかったりする。でもクライミングの中では注ぎ込みまくっているので、あの強さに繋がっているんだなと。“彼女らしさ”がもっと出てくるだろう数年後が楽しみなクライマーですね」
最後に、リードをやってみたいと思っている人たちに向けてメッセージをいただけますか?
「まず、ボルダリングというのは瞬発的な力を求められるスポーツじゃないですか。それが得意な人ってそんなに多いわけがない。体の構造的に長時間集中力を持ち続けるとか、様々な技術を駆使しながら上まで到達する能力に長けている人はもっといるはずなんです。ランニングを続けられたり、水泳で長距離を泳ぐのが好きだったり、そういう体がリード向きの人は間違いなくいるので。それに、あなたのキャラクターが実はリードに合ってるかもしれません。ボルダリングを始めてみてちょっと向いてないなと思った人も、リードに挑戦してみてもらえたら嬉しいですね」
CREDITS
取材・文 編集部
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PROFILE
安間佐千 (あんま・さち)
1989年9月23日、栃木県生まれ。12歳でクライミングを始め、世界ユース選手権やジャパンカップなど数々の大会を制す。2012年のリードW杯では日本人男子12年ぶりの年間優勝に輝き、翌年は2連覇も達成した。現在は外岩を中心に活動し、高難度ルートを登攀。