FEATURE 155

世界選手権直前インタビュー

安楽宙斗 世界の主役へ。駆ける16歳


4月のボルダー&リードジャパンカップで並みいる強豪を抑え連覇。その後デビューしたW杯ではボルダー年間王者に輝いた。一気に自信をつけて成長する姿にはすでに頼もしさすら感じる。6月のインスブルック大会終了後、世界の主役へ駆ける16歳の素顔に迫った。

※本記事の内容はCLIMBERSが制作協力した2023年7月発行の『JMSCA magazine 009』掲載インタビューに未収録分を追加、再構成したものです
 
 

「驚きの連続だった」
思いもよらない年間優勝

 
まずは今年初参戦となったボルダーW杯での年間優勝、おめでとうございました。

「ありがとうございます。本当に驚きの連続で、ここまで安定して良い成績を残せて、ましてや年間優勝できるとは思ってもいませんでした」

 

写真:© Jan Virt/IFSC

6戦中4戦で決勝に進出した安定感が年間優勝に繋がったと思いますが、その要因をどう考えていますか?

「決勝に行けるかどうかが決まる準決勝ですごく集中できるというか、最高のパフォーマンスを出せていました。最大出力を引き出すウォームアップや集中の仕方、競技中5分間での精神面。クライミング能力というよりは、それ以外の部分を大会を重ねるごとに反省して、いろいろと試行錯誤してきたことが良かったんだと思います」

大会中の過ごし方に対する意識はユース大会に出場していた頃からありましたか?

「まったくなかったですね。ボルダーW杯の連戦の中で、ウォームアップやルーティンに対する意識が上がりました。先輩方が競技前日にどうしているのか見たり、どんなことに気をつけているのか話を聞いて、それを参考にした上で自分のスタイルを確立できました」

日本と海外の課題内容の違いはどう感じましたか?

「やっぱり距離感は日本に比べると遠いんですけど、単純な筋力を求められる課題もありました。それと日本ではムーブを読み解く能力が大事で、正解ムーブは一通りしかない場合が多かった一方、海外だといろいろ方法があって、ムーブの設定を壊しやすい印象です。課題に使われているホールドを知っていないと保持面がわからず不利になることもありましたね」

 

写真:© Slobodan Miskovic/IFSC

安楽選手は重心の置きどころがうまい印象があり、それによってW杯でも多くの課題を攻略していたように感じています。

「力系の課題が少ない予選や、技術を駆使しないと登りにくいような課題では重心を落として楽に登るスタイルが生きました。海外の課題はまるでショーのようなダイナミックに動く課題が出てきます。僕はコーディネーションが得意なほうだと思うので、その辺を取りこぼさずにしっかり登れたことも大きかったと思います。反対に力が求められる課題はできないことが多かったので、そこは改善点ですね」

年間優勝に対する帰国後の周囲の反応はいかがでしたか?

「たくさんの人がおめでとうと言ってくれて、学校でも普段あまりクライミングを見ないような人からも声を掛けてもらいました。年間優勝という結果がみんなに届いているんだなと実感しています」

ご両親からも言葉は掛けられましたか?

「まぁ、いつも通りですね(笑)。おめでとうって。正直、ここまで来るとは思わなかったとも言われました」

6月のインスブルック大会ではボルダーW杯最終戦終了の翌日からリード開幕戦があり、決勝に進んで4位という結果でした。

「ボルダーの疲れが残っていたんですけど、国内のリードジャパンカップ(以下LJC)より緊張感はなかったです。多くの人が応援してくれましたし、屋外で行われたのですが、僕的にはゆるい雰囲気が好きなので楽しめました。準決勝、決勝と進むにつれて課題内容は引き締まって、観客もたくさんいて、そこで緊張はしたんですけど、大勢の人たちの前で登れるいい舞台だなって」

 

インスブルック大会リード決勝(写真:© Jan Virt/IFSC)

海外遠征は楽しいですか?

「ビッグ3(緒方良行、楢崎智亜、藤井快)と言われる方々とか、(楢崎)明智くんとか、佐野大輝くんとか。先輩たちみなさんが本当に優しくて面倒見のいい方たちなので(笑)、ガチガチに緊張せず、普通に楽しんでます。たくさん迷惑もかけたんですけど、とても充実していました」

出場した海外の5大会で印象に残っている国は?

「そこまで観光できたわけじゃないんですけど、(イタリアの)ブリクセンのホテル近くの街並みはすごく気に入りましたね。小さい町で、細い通路がいっぱいあって、お店もいろいろあって。僕は小さいところが結構好きなので、雰囲気を含めて一番楽しかったです」

 
 

「宙斗」は父の宇宙好きから
得意科目は数学

 
ここからはパーソナルな部分を聞いていきます。まず宙斗という名前の由来は?

「お父さんが宇宙が好きで、宇宙のように広い心を持ってほしいということで『宙』。確か『と』を付けたくて、北斗から『斗』を取ったと聞きました」

クライミングを始めたのはお父さんについていったのがきっかけだと聞いています。

「そうですね。小学2年生の夏休み前ぐらい。近くにジムがあったんですけど、その頃はクライミングなんてまったく浸透していなかったので気になって、運動も兼ねて行ってみようと思ったのがきっかけです。最初の頃は大会で勝ったり負けたりするのが楽しかったですね。そこからボルダー、リードのジャパンカップや世界ユース選手権に出られるようになり、どうすれば勝てるのかな?って考え始めて、高校1年生ぐらいになると大会に対する思いはガラッと変わっていました」

今の身長は?

「168cmです。まだ少しずつ伸びています」

2年生となった高校生活は楽しく過ごせていますか?

「最近はW杯があって中々行けていないので、勉強は後れを取っちゃっていますけど、でもこの活動を素直に応援してくれる人たちが本当に多くて、日本に帰ってきても学校に行ったら安心するというか、心地いいなって思う時はありますね。スポーツに力を入れている高校なので、先生もすごく応援してくれています」

得意科目は?

「数学は得意で、そこまで勉強しなくても90点くらいは取れたり」

理論的に考えるのが得意?

「いろんな動作を結びつけて登るクライミングと、解き方を結びつけていく数学は少し似ているのかなと思っていて。だから数学が得意なのかはわかりません(笑)」

苦手な科目は?

「社会、国語とかですね。手を動かすというか、自分でもっともっと考えていくというのが好きなので、それと違う感じの教科は得意じゃないです」

クライミング以外で好きなことはありますか?

「ドラマを観たり、友達と遊んだり。最近は漫画をいろいろ読んでみようかなと思っています。遠征の飛行機とかで読めるのでいいなって」

ドラマはどういうジャンルのものをよく観ますか?

「基本的には日本のドラマで、現実的な内容の……。何系っていうのか難しいんですけど、アクション系とか、謎を解くとかってわけじゃなくて、例えば何かの事件が起きた後の周囲の反応を描いていくみたいな、そういう感じの現実的なドラマは観ますね(笑)」

好きな食べ物、嫌いな食べ物は?

「ジャンクなものが結構好きで、ラーメンとか、甘いものも。あと日常的に食べているのはおせんべいです」

野菜嫌いだと伺いました。

「嫌いというか、出てきたら食べます(笑)。意識することもありますけど、好きで積極的に選んで食べるわけではないですね」

読者の方々に向けて、自分をどんなクライマーだと紹介しますか?

「脱力して登るというか、体の使い方が自分ではうまいと思っていて、力系の課題でもうまく体の動きを使って攻略していくのが特徴かなと思っています」

 

写真:© Dimitris Tosidis/IFSC

競技中は冷静沈着なイメージがありますが、緊張はするほうですか?

「最近は自信がついてきたこともあって、あまり緊張せず、守りに入らずにガツガツ攻められるようになってきました」

以前に大会の囲み取材で話を聞いた時、ボルダーでガッツポーズは控えめにしようとしているといった趣旨の発言がありました。

「ガッツポーズをした次の課題が登れなかった時に焦るというか、あれ?大丈夫かな?って流れが悪くなることがあるので、課題を登れず悲しくても、登れてうれしくても、“その課題きり”で終わらせることは意識しています」

そういう思考は誰かから教えられたものですか? それとも自分の中で考えついた?

「自分の中で考えつきました。大会を重ねていくうちに、手ごたえをつかんできた感じです」

W杯が進むにつれて、特に最終戦では以前に比べて表情が変わったり、ガッツポーズが増えたりしたように見えます。

「第1戦八王子大会の時は冷静な登りをしていたんですけど、1課題で区切りをつけるのは前提として、最近は無理に我慢し過ぎたり集中し過ぎたりするのもよくないなと思って、思っていることは表情に出したり、登れたらガッツポーズしたりという感じで、ありのままの自分で登る感じにシフトしているのかなと思います」

それはW杯という舞台に慣れてきて、より楽しめるようになったからという部分も大きいですか?

「そうですね。本当にW杯は楽しいので、感情的というかガッツポーズが出ることも多くなっちゃいます」

 

写真:© Lena Drapella/IFSC

普段の性格は冷静? それとも感情的?

「感情的なほうですね。いろいろと表情に出します」

親や友達と喧嘩することも?

「時々あります」

楢崎智亜選手は先日「宙斗は本番に強いタイプで、コンペの中での出来栄えの差が少ない」と安楽選手を高く評価していました。

「よく見てくれているんだと思います(笑)。これまで大会に出場してきてがくっと成績が下がったことは1度もなくて、そんな中でW杯という本当にハイレベルな舞台でも成績が安定してきたのはやっぱり今のルーティンが合ってきているのかなと思いますし、自信もついてきています」

大会がない期間の練習頻度は?

「週に4回ぐらい登っています。リードが7割ぐらい、ボルダーが3割ぐらいです」

普段の練習から意識してきたことはありますか?

「僕はコンペで勝ちたいので、普段の練習、もしくは遠征に行った時に、時間は計らないまでも30秒ぐらいの少ない時間でオブザベーションしたりとか、大会と同じ状況を想定してムーブを素早く分析したりは日々やっていました」

ボルダーとリード。得意なのはどちらですか?

「最近だとどっちも同じぐらいになってきてるんですけど、うーん、でもやっぱりリードのほうが自信ありますし、得意ですね。リードは結果が安定しやすい競技で、ボルダーは課題に左右されるので不安定じゃないですか。今年は運よく安定した成績を残せましたけど、奇跡の連続というか、必死に集中してやっている感じなので、自信があって得意なほうはリードですね」

編注:インタビュー後に行われたW杯リード第4戦ブリアンソン大会で頂点に立ち、安楽は日本人初のW杯2種目優勝という快挙を遂げた
 

写真:© Lena Drapella/IFSC

目標とするクライマーはいますか?

「練習ではなくコンペで勝つことに意味があると思っているので、そういう意味ではコンペクライマーとして強いメジディ・シャールック(フランス)ですかね。練習だとそこまで強いわけではないんですけど、コンペになるとめちゃくちゃ強い。目指している選手の特徴に当てはまると言ったらメジディですね」

安楽選手が小学6年生の時に出場した第1回ボルダリング小学生競技大会で優勝後にインタビューをさせてもらった時、今後の目標を「W杯での優勝と、その先はルートセッターになってW杯でセットをすること」と話していました。W杯の優勝はもう達成されました。W杯のセットをしてみたい気持ちは今でもありますか?

「ありますね。選手を続けられなくなる歳までいったら、W杯に限らずいろんな大会のセットはしてみたいなって。ルートセットに関してはまだまだ無知なんですけど、いつかはクライミングをつくる側、盛り上げる側になりたいなって、今でも思っています」

 

2018年の小学6年時、第1回ボルダリング小学生競技大会で優勝(写真:牧野慎吾)

 
関連記事:明日へ羽ばたけ! 第1回ボルダリング小学生競技大会が開催
 
 

五輪は意識し過ぎず
世界選手権優勝を目指す

 
8月の世界選手権(スイス・ベルン)、その先の2024年パリ五輪の話も聞かせてください。まず日本代表に内定している世界選手権はどういう大会だと捉えていますか?

「テレビなどで取り上げられているのを昔から見ていたので、その舞台に立てることがとてもうれしいです。五輪の選考大会でもありますが、あまり五輪は意識し過ぎないで、世界選手権単体として見て世界一になりたいですね」

その結果、五輪の内定がついてくればいい?

「今は五輪にものすごいこだわりがあるわけではなく、あくまでも目の前にある1つ1つの大会で優勝を狙っています。世界選手権も五輪の出場権が懸かっているとは思わずに臨めたらいいなと思います」

スポーツクライミングが五輪という舞台で行われることについてはどう感じていますか?

「テレビなどでたくさんの人が観てくれることによって有名になりますよね。僕もW杯で勝つことでクライミングを地元から広めていきたいんですけど、五輪は競技の魅力を伝えていくのに一番早い方法なのかなと思います」

パリ五輪の実施種目の1つ、ボルダー&リード種目では国内の大会で2連覇しています。手ごたえは感じていますか?

「今年のボルダー&リードジャパンカップは上位勢も出ていた中で連覇できたので、国内で自分が上の位置にいるんだと感じられました。ボルダーW杯で年間1位を取れましたし、このままリードW杯のシーズンも良い成績を保てれば、(五輪内定条件の)3位以内は厳しいかなと思っていた世界選手権もいけるのではという気持ちになっています」

 

23年4月のボルダー&リードジャパンカップで2連覇を達成した(写真:窪田亮)

8月1日に開幕する世界選手権までヨーロッパでのリードW杯が続きますが、そのすべてにエントリーしています。基本的にはW杯に出ながら調整していきますか?

「はい。1度日本で落ち着いて練習したいところではあるんですけど」

今後の目標は?

「今後で言えば世界選手権で結果を残すこと、そして五輪に出ることですけど、今は世界選手権までに控えているリードW杯の3大会を見ています。目の前の一戦一戦に集中して取り組んで、勝ち続けることが目標です」

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 © Lena Drapella/IFSC

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PROFILE

安楽宙斗 (あんらく・そらと)

2006年11月14日、千葉県生まれ。千葉県立八千代高等学校所属。小学2年時に父親とクライミングを始めると、小学生時代から頭角を現し、2020、22年にはユース日本選手権でボルダー、リードの2冠を勝ち取る。巧みな身のこなしはシニア大会でも通用し、23年4月のボルダー&リードジャパンカップで連覇達成。世界選手権代表に内定した。その後デビューしたボルダーW杯でも活躍。最終戦で初優勝を飾ると同時に年間優勝に輝く快挙を果たした。(写真:© Jan Virt/IFSC)

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