FEATURE 139

多久市を拠点に高まる競技普及への期待

佐賀県のSSP構想とクライミング

※本記事の内容は2021年12月発行『CLIMBERS #022』掲載当時のものです
 
 佐賀県がスポーツクライミングとの結びつきを強めている。2021年7月にJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)と連携協定を交わし、同年10月には同県多久市出身の樋口純裕を「SSPトップアスリート」として認定した。
 

2021年7月に行われた佐賀県とJMSCAの連携協定締結式に出席した山口祥義知事(左から3人目)、丸誠一郎JMSCA会長(中央)、日野稔邦推進監(左から1人目)、樋口義朗氏(右から1人目)

 
 同県は世界に挑戦する佐賀ゆかりのトップ選手を頂点としたピラミッド式のアスリート育成制度を柱に、県民がスポーツを「する」「育てる」「観る」「支える」のいずれかに何かしらの形で関わり、スポーツ文化の裾野を広げることを目的とした「SSP(SAGAスポーツピラミッド)構想」という都道府県レベルの自治体の中でも先鋭的な取り組みを行っている。2021年9月のW杯クラーニ大会で優勝した樋口は、世界と戦える有望選手としてピラミッドにおける頂点の「トップアスリート」に加わり、年間150万円の支援を佐賀県より受けることとなった。
 

SSP構想の概念図

 
 なぜ佐賀県はスポーツに力を入れるのか。2018年に立ち上がったSSP構想の枠組みをまとめ、現在その実務責任者である日野稔邦SSP推進監によれば、きっかけとなったのは佐賀県での国民スポーツ大会開催決定(現「国民体育大会」。佐賀開催の2024年大会から名称が変更となる)だったという。
 
 「国体の開催に合わせてスポーツに注力して成績を残すというのが多くの県の実情だと思いますが、せっかくの機会なのにそれだけではもったいない。子どもたちや指導者の育成、アスリートのセカンドキャリア支援など、スポーツ文化の醸成を県内の企業・団体を巻き込みながらトータルで考え、スポーツのチカラを活かした人づくり、地域づくりを進めたりすることで、佐賀県全体がより魅力ある地域になるチャンスだと捉えました。SSP構想は単なるアスリート強化策にとどまらないんです」
 
 こう話す日野氏は具体例として「2020年夏にコロナ禍でインターハイや甲子園が中止になった時、我われは47都道府県に先がけて県開催の代替大会を『SAGA2020 SSP杯 佐賀県高等学校スポーツ大会』と名付けおよそ2カ月間実施したんです。その際には大会協賛のお話や『子どもたちに渡してほしい』と協賛品の申し出が多く寄せられるほど反響があり、メディアの協力で動画配信も行いました」とのエピソードを明かし、“オール佐賀”を掲げるSSP構想への手ごたえを口に。また、わずか3年あまりで構想が着実に根付いている背景としては「小さな県でありながらも、佐賀にはサッカーJ1リーグのサガン鳥栖やバレーボールV1女子の久光スプリングスなど複数のトップチームがあります。そういう意味ではスポーツとの距離が近いのかもしれません」と説明する。
 
 そんな佐賀県が今回JMSCAと連携協定を結ぶこととなったが、SSP構想で進めている連携協定には2つの方向性があるという。1つは地元企業・団体との連携だ。「例えば、九州電力さんや久光製薬さんには使用していない社員寮があり、そこをお借りしてアスリート寮に作り替えています。また、信用組合協会さんとは『SAGAスポーツピラミッド応援積金』を設け、預金者の数に応じてスポーツを通じた子どもたちの育成に充てる寄付金をいただいています」と日野氏。
 
 そして、もう1つがJMSCAのような中央競技団体との連携だ。すでに日本フェンシング協会との事例があり、県内施設が同競技では初となるJOC競技別強化センターに認定され日本代表の合宿地となり、東京五輪男子エペ団体金メダル獲得に貢献した。日野氏が「パリ五輪でもフェンシングと同じようなことが起きれば」と期待するJMSCAとの連携事項には、選手の発掘、育成、強化やキャリア支援、生涯スポーツとしての振興などの他、佐賀とクライミングを語る上では欠かせない県立多久高校の施設の利活用についても明記されている。同校では2002年に高さ12m、幅8mの屋外クライミングウォールが整備され、樋口の父親である樋口義朗さんが登山部顧問として長らく後進の育成に尽力。壁は地元住民などに一般開放され、県内のクライミング拠点として競技普及の大きな役割を担ってきた。
 

県立多久高校のクライミングウォール。2022年度中には3種目の壁が新設される

 
 そして、多久高校には2024年国民スポーツ大会を前に3種目の壁が新設される。同大会での競技会場となることを前提に、大規模な施設として2022年度中の完成を目指しているという。今後はこの場所での日本代表合宿も想定されている。国スポがボルダリング・リードの2種目で行われる中でスピード壁も設けることについて日野氏は「国民スポーツ大会のことだけを考えれば、スピード壁はいらないかもしれません。ですが、これこそ我われが国スポのためだけに取り組んでいるわけではないという証になっているのではないでしょうか」と胸を張る。また、多久高校を舞台に子どもたちを対象としたクリニック開催計画も進行中だ。これもJMSCAとの連携の一環で、「近隣の県にも声をかけて一緒に学べる機会を作っていければ」との想いから九州全体に門戸を広げ、2022年2月実施へ向けて準備を進めている。
 
 このようにクライミング普及の動きが加速しているのは地元出身の樋口の活躍ももちろんあるが、何よりクライミングというスポーツが人々を惹きつけているからに他ならない。「東京五輪でもそうだったように、見るスポーツとしても非常に面白さがあると思います。3種目それぞれに魅力があり、『次はどうなるんだろう』というハラハラ感もある。展開も早い」とクライミングの魅力を表現した日野氏に将来のビジョンを聞くと、「JMSCAさんとも連携しながらクライミングの魅力を県内に伝えていき、また樋口選手に続くようなアスリートを発掘していきたい。『クライミングと言えば佐賀、あるいは多久だよね』と言われるようにしていきたい」と力強い言葉が返ってきた。
 
 佐賀県の取り組みにこれからも注目したい。
 

佐賀スポーツピラミッド構想(SSP構想)

 

佐賀から世界に挑戦するトップアスリートの育成と、県民がスポーツを「する」「育てる」「観る」「支える」のいずれかに何かしらの形で関わり、スポーツ文化の裾野を広げること目的としている。アスリートが選手引退後、佐賀で指導者となり次のアスリートを育てる。そして、そのアスリートの活躍が人々の感動を呼び、佐賀のチカラに繋がっていく。その好循環を創り、スポーツのチカラを活かした「人づくり」「地域づくり」を進めていく。
公式サイト ⇒ https://ssp.saga.jp/
 
【問い合わせ先】
佐賀県SAGAスポーツピラミッド推進グループ
Tel:0952-25-7345
Mail:ssp-g◆pref.saga.lg.jp(◆は@)

CREDITS

取材・文 編集部 / 写真 SAGAスポーツピラミッド推進グループ

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