FEATURE 136
スピードジャパンカップ2022開催直前
[特別対談:楢崎智亜×竹田創]スピード日本勢の課題と可能性
第4回スピードジャパンカップ(以下SJC)開催に合わせて楢崎智亜、竹田創による特別対談が実現。前回優勝決定戦で火花を散らした2人に日本勢の課題と可能性を語ってもらうとともに、現日本記録保持者でありながらも本種目の一線から退いた楢崎が未来のスピードスターたちにエールを送る。
※本記事は2022年3月6日開催の「第4回スピードジャパンカップ」大会公式プログラムの掲載コンテンツに未収録分を追加、再構成したものです。
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スピードの魅力は「スプリント競技」「対人戦」「わかりやすさ」
楢崎選手がスピードに取り組んでいた東京五輪までの期間、2人は一緒に練習する機会があったそうですね。
楢崎 たまにですが創ちゃんに声をかけてレースをすることが多かったですね。一緒にトレーニングメニューをこなす時もありました。
竹田 日本のトップ選手と登れる機会はなかなかないので、ありがたかったです。
1人で登り込むより、2人でのレースのほうがタイムは上がりやすいですか?
楢崎 タイムは出やすいと思います。ただそれだけだと基本的な能力は上がりづらいので、普段は1人で壁をパートごとに分けてドリル(反復)練習している感じでした。
スピードを始める前と始めた後の印象を教えてください。
楢崎 決勝を観てすごくかっこいいなと思っていたんですけど、スピードに取り組むことがない自分には関係のない競技だと感じていました。東京五輪で3種目複合が採用されることになり、いざ始めてみると楽しかったですね。トーナメント戦なんかはすごくピリピリしていて。
竹田 僕は始める前、ひたすらにパワーを上げることでタイムが伸びていく種目だと思っていたんです。でも、始めてからは繊細な動きのコントロールや、同じ課題を何回も繰り返し登るので高い再現性が必要だと感じました。
楢崎 確かに、僕より速い5秒台中盤を切る選手になるとパワーの部分が大きくなってくると思いますけど、5秒台後半まではコントロールや再現性のほうが大事ですね。
スピードを楽しいと感じるのはどんな時でしょうか?
楢崎 シンプルにタイムが出るところです。ボルダリングは苦手な動きをいくら練習しても(大会ではどのような課題が出てくるかわからないので)結果に繋がらない部分がありますが、スピードはタイムが伸びれば伸びる分だけ成績も上がります。それに、課題が常に同じなので分析しやすかったですね。「ここの動きを変えたらどうなるんだろう?」というチャレンジがしやすかったです。
竹田 智亜くんが挙げたところは同じで、あとは決勝が対人トーナメント戦というのも魅力ですよね。先にゴールしたほうが勝ちというルール上、レベル差があっても勝てる試合があることは選手側も観客側も面白いと思います。
楢崎 スタート前の「Ready(レディ)」の声で「シーン……」となった状態から、スタートを切った瞬間に「ワー!」って歓声が上がる瞬間はすごく気持ちいいです。観る人たちからするとボルダリング、リードと違って「わかりやすい」ので万人受けしますよね。陸上の短距離走に近い感じかなと。
前半と後半の「リンク」が日本勢の課題
SJCで2人は前回ビッグファイナル、前々回準決勝で対戦していますが、スピードクライマーとしてのお互いの印象を教えてください。
楢崎 創ちゃんは勝負強くて、相手が強ければ強いほど自分も速くなる漫画のキャラクターみたいなイメージ(笑)。フィジカル能力はスピード選手の中でもトップクラスに高いですし、相手が創ちゃんだと「良い勝負になるんじゃないか」という期待でいつも楽しみでした。
竹田 智亜くんは瞬発力があるので、とにかくリアクションタイムがめちゃくちゃ速い印象ですね。
楢崎 (5.72秒の日本新で優勝した)前回のビッグファイナルは予選から体がすごく動いていて、最後は創ちゃんとの対戦でワクワクした気持ちになり、それでタイムも伸びたのかなと思いますね。
竹田 2大会とも自分がミスする形で負けてしまい、前回は本当に悔しかった想いが強くて。僕の右足が滑っていなくても、きっと先を行かれていたと思います。でもそれ以上に、智亜くんと2年連続で対戦できた高揚感は大きかったです。(楢崎が2種目複合でのパリ五輪出場を目指すため)スピードをやめて日本のトップランナーがいなくなったことで「ポスト楢崎を目指して頑張ろう」というモチベーションが沸く一方で、どこか寂しさはありますね。
楢崎選手は序盤のホールドをショートカットする「トモアスキップ」を編み出しましたが、今後また新ムーブが生まれる可能性はありますか?
楢崎 どうなの、創ちゃん?(笑)
竹田 クライミングには多種多様なムーブがあり、ボルダリングの大会でも人によって登り方が違うケースがあるので、そういった意味では新しいムーブが、特に上部で生まれる可能性はあると思います。
日本人選手の課題は何でしょうか?
楢崎 まず、選手数が少ないことが成長する上での障害になっていると思います。5秒台の選手がたくさんいる国だと、その中で揉まれて速くなっていく側面がありますよね。僕は海外選手と交流したり一緒に練習できる機会があったりして、それが良かったと思っています。今はコロナで難しいですけど、他の日本人選手に少しでもそういう機会があるといいですね。
竹田 日本人選手は特に「トモアスキップ」にこだわりがあるというか、そこを完璧にしようとする傾向があって。それはもちろん良いことなんですけど、そのせいで前半パートの練習に費やす時間が多くなり、トモアスキップ以降から後半の練習量が少なくなっていると感じています。(前半と後半に)分割した練習壁が少ないという理由もありますが、日本人選手は後半部をもう少し突き詰められるのかなと。自分もそこが課題になっているので、SJCまでにできる範囲で改善したいです。
楢崎 通し練習の回数や体力面も日本人全体の課題ですね。スピードで一番難しいのは中間部(スタートから数えてハンドホールドの10番目)でランジして後半に繋げていく部分ですが、ほとんどの日本人がそこを苦手にしているんです。そこのリンクをもっとうまくできれば、みんな違ってくると思っています。
竹田 国内で最も早く5秒台に到達した智亜くんは、そのためにまず何を一番心がけたり努力したりしたんですか?
楢崎 一番大事だったのは、スピードの壁を登る体力をつけること。そのために、インターバルトレーニングで前半から後半にかけて出力が落ちないように練習しました。
楢崎智亜からのエール「取り組む全員を応援したい」
五輪という大舞台に出場した“先輩”として、五輪のスピード日本代表を目指す後輩たちに助言をするとしたら何がありますか?
楢崎 僕は「五輪だから」と気負い過ぎてしまった部分があって。いろんな人と関わって、いろんな人が応援してくれているけど、やることは普段と変わらないんだということを少し見落としていました。4年に1回のチャンスでも、普段通り臨めるように練習から意識すると良いと思います。僕は「これだけ練習して強くなったんだから、勝たなきゃいけない」という気持ちになってしまった部分があったので、勝敗というよりは自分のできるパフォーマンスに集中したほうが良いのかなと思いますね。
竹田 結局は「自分のこと」で間違いないと思うんですけど、決勝は対人戦でもあるので僕の場合は「いかに相手より速く登れるか」というのを意識しています。
楢崎 相手が自分よりも圧倒的に遅い時、創ちゃんはどういう気持ちになるの?
竹田 「これくらいのタイムを出せれば勝てるだろう」という目安がわかるので、そこを狙っていく感じです。
楢崎 なるほどね。反対に相手が強いとワクワクしない? 自分は、相手は速いほうが好きなんです。そのほうが力を出せるんですよね。
竹田選手はSJCに出場予定です。意気込みを教えてください。
竹田 今は2024年パリ五輪が一番の目標でSJCは通過点だと捉えていますが、もちろん優勝は狙っていきます。そして今年中には5秒台中盤を出して、世界で戦える選手になっていきたいです。
楢崎選手は竹田選手や日本人選手全体の可能性をどう感じているのか、最後に聞かせてください。
楢崎 最近は大会がなく創ちゃんのことをまったく見られていないんですが、以前の印象で言えばパワーや瞬発力では十分5秒台中盤を出せる力があるはずですし、あとは反復練習しながら自分をコントロールしていくだけだと思いますね。日本人選手に関しては、年内に大会で5秒台を出せる選手が4、5人は現れる可能性があるんじゃないでしょうか。来年の世界選手権でのパリ五輪代表選考に向けてさらにタイムを上げていけるかどうかは、今年の大会でいかに経験を積むことができるかに懸かっていると思います。女子も含めて、今後が本当に楽しみですね。僕自身スピードがすごく好きで、もっと日本で競技が浸透してスピードのプロクライマーが誕生するような時代になったらと思います。自分はもうやっていない立場ですけど、スピードに取り組む全員の頑張りを応援しています。
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CREDITS
取材・文 編集部 /
写真 窪田亮 /
協力 JMSCA
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PROFILE
楢崎智亜 (ならさき・ともあ)
1996年6月22日生まれ、栃木県出身。TEAM au所属。ボルダリングでW杯年間優勝2回、世界選手権優勝2回の実績を誇り、スピードでも昨年のジャパンカップで5秒台を連発し日本新で頂点に立った。昨夏の東京五輪を機にスピードからは離れたものの、日本記録(5.72秒)はいまだに破られていない。
PROFILE
竹田創 (たけだ・はじめ)
2002年5月17日生まれ、宮城県出身。日本体育大学所属。「au SPEED STARS 2019」で16歳ながら海外強豪を抑え2位と頭角を現し、20年から本格的にスピードに取り組む。強靭なフィジカルを武器に21年はユース日本選手権1位、ジャパンカップ2位、世界ユース選手権5位と活躍した。自己ベストは6.11秒。