FEATURE 132

ボルダリングジャパンカップ2022開幕直前!

野口啓代が「日本で最注目の大会」を語る


9連覇を含む通算11度の優勝を誇り、ボルダリングジャパンカップ(BJC)を知り尽くす野口啓代。昨夏の東京五輪で引退したレジェンドに、新シーズン開幕を告げる今大会(2月5、6日開催)の見どころを聞いた。

※本記事は『第17回ボルダリングジャパンカップ 大会公式プログラム』の掲載インタビューに未収録分を追加、再構成したものです。
 
 

野口啓代とBJC
シーズンを占う大切な一戦

 
今大会は野口さんの競技引退後に迎える初のBJCとなります。心境はいかがでしょうか?

「(昨年結婚した夫の楢崎)智亜や(その弟の)明智など周りの選手たちのシミュレーション練習をサポートしているので、自分が出場するわけではないのですが『あと数週間でBJCだな……』と意識してしまいますね。決勝中継の解説(YouTube/JMSCA Competition TV)もさせていただくので多くの選手の仕上がりや心境を把握しておきたいですし、昨年までと違って今年は男子にはどういう課題が出るのかなどいろいろと想像を膨らませていて、もう今から楽しませてもらっています」

BJCは野口さんにとってどのような大会でしたか?

「16歳の時に創設されて第1回大会に出場したところから始まり、連覇を続けたり、10連覇できず残念な思いをしたりしていくうちにだんだんと思い入れの強い大会になっていきました。特に近年は(野中)生萌、ふたばちゃん、(森)秋彩ちゃんがいて、課題次第で誰が勝つかわからないハイレベルな戦いになっていました。その年の最初の大会がBJCになることが多く、シーズンを占う大切な一戦という位置付けでもありましたね」

 

野口が11度目の優勝を果たした2018年の第13回大会表彰台。左は2位の森秋彩、右は3位の伊藤ふたば

BJCをはじめとする各ジャパンカップは日本代表選考を兼ねた大会でもありますが、現役時代の野口さんは前年の国際大会成績により常に代表権を手にしている状態でした。代表入りを目指している選手たちに比べて、気持ちを高めるのが難しい部分はなかったのでしょうか?

「『選考に関係ないから』といってピーキングを怠ったことは一度もありません。国内でしっかりと勝って、いいスタートを切りたいという気持ちでした。いつもBJCに向けて調整し、さらにその後の1、2カ月で最終調整してW杯に臨むのが毎年のルーティンでしたね」

会場に集まるメディアの数などを見ても、BJCは国内で最も注目度の高い大会と言えるのではないでしょうか?

「そうですね。BJCの決勝がメディアの方々の数が一番多いと思いますし、さらに言えば日本だけでなく世界中のクライミング関係者から注目されていると感じています。この時期に選考大会があるのはおそらく日本だけですし、また国内大会の決勝課題はW杯の決勝よりも難しかったり複雑だったりするので、W杯に出ているような海外選手たちもBJCの映像は観ていると思います」

BJCでの思い出といえば?

「初めて決勝に進出できなかった深谷(2015年の第10回大会)ですね。10連覇が懸かっていたこともそうですし、前年のボルダリングW杯最終戦で優勝争いした生萌と2人して決勝に行けず一緒に泣いたこともあって印象に残っています」

2017年からは都内での開催が続きましたが、その中で印象に残っている大会はありますか?

「2020年2月の第15回大会です。コロナ禍の前で、(競技生活最後の舞台と定めていた)東京五輪が今年あるであろうと思い最後のBJCと位置付けて、優勝は誰にも譲りたくないと気合を入れていたんですが、結果は準優勝に終わりました。調整もうまくいって最高の状態に仕上がっていたので、めちゃくちゃ悔しくて印象に残っています」

 
 

ラウンドごとに変わる難しさ
私は決勝のほうが得意でした

 
BJCをはじめとした国内大会と国際大会では課題内容が違うとよく言われていますが、野口さんはどう感じていましたか?

「まず、BJCでは国際大会で見られないような国産ホールドが多く使用されます。私はW杯や五輪をイメージしていつもホールドを触っていたので、BJCでしか登場しないホールドはオブザベーションしただけではどれくらい持てるかがわからず、毎年その存在が怖かったですね(笑)。あとは、よく言われているかもしれませんがホールド間の“距離感”です。個人的には日本は『狭い』と感じていましたが、先日対談する機会のあった秋彩ちゃんはW杯の距離感を『すごく遠くてびっくりした』と言っていました。特に身長の低い女子選手はW杯基準の距離を遠く感じやすいのではないでしょうか」

 

大会を知り尽くす野口ならではの言葉が続く

海外の課題はいい意味で“大味”で、一方で日本の場合は細部まで作り込まれているという声も耳にします。

「私もそう思います。日本の課題は足が難しいですね。フットホールドの薄さや細かな重心移動に関しては、国際大会ではそこまで煮詰められていないというか。海外では課題の内容よりも見た目重視の側面があると思います。BJCに出るたびに『え、この足踏むの?』とか『この足で乗せ換えるの?』といった繊細さが求められていることを感じていました」

野口さんは予選で1、2番手として登場することが多かったと思いますが、最初にトライする選手はどういう心境で登っているのでしょうか?

「朝の時間帯で観客がまだ少なく、最初はいつも『大会なのかな?』という感じで(笑)。自分が1番手の時は予選通過に必要な完登数の目安がわからないので、隣のほうで登っている生萌が一撃しているのかなとか、そのくらいしか考えることがなかったですね。それと予選は準決勝、決勝とは違い上位に入るためのふるいにかけられているというよりも、できることが本当にできるのか見られているような感覚で、『登りたい』よりも『登れて当然』『落ちちゃいけない』という気持ちのほうが強かったです」

BJCの予選、準決勝、決勝の中でどのラウンドが一番難しいですか?

「それぞれに違う難しさがあります。予選は準決勝・決勝よりもやさしめの各課題をバランス良く、落ちずに登れる安定性が問われます。準決勝は(課題数が5から4に減ることで)1つの課題で使える壁の面積が広がるので横に大きく動いたり、『登らないといけない』ではなく『この課題は何人が完登できるか』というレベルの難度設定になったりします。苦手なものでつまずいてしまうと得意課題で挽回しないといけなくなるので、1課題目からシビアなラウンドですね。私は準決勝でよく出てくるような絶妙なバランスが求められるスラブ課題や、完登数がたくさん出て登り方に正解がないような課題を嫌だと感じることが多かったです。反対に、決勝になると見た目重視で距離が出たり、大きなホールドが連続してシンプルな内容になることが多いので、私は決勝のほうが得意でした。もちろん、出遅れると表彰台に届かないこともあるので、4課題すべてをパーフェクトにこなさないといけない難しさがありました」

今大会の注目選手を男女それぞれ教えてください。

「男子は智亜とは言いづらいんですけど(笑)、初優勝が見たい気持ちもあるので昨年表彰台に上がったおがっち(緒方良行)と、智亜に期待したいですね。女子は五輪後初の大会出場になる生萌にしっかり勝ってほしいという気持ちがあります。自分で言うのも変なんですが(笑)、生萌には私が引退した後の日本女子を引っ張っていってほしいと期待しているので」

 

野口は東京五輪で銀メダルを獲得した野中生萌に「日本女子を引っ張っていってほしい」と期待する

最後に、大会をご覧になる方々へのメッセージをお願いします。

「コロナ禍かつ無観客になる可能性もあり『たくさんの人に来てほしい』と言いづらいのが残念ですが、有観客で開催できれば会場に来て選手の活躍を後押ししてほしいです。昨年11月の『Top of the Top』では多くの観客のみなさんが駆けつけてくださり、選手たちはとても喜んでいました。私も初めて務めるBJCの解説という立場から選手の魅力を伝え、スポーツクライミングをもっと盛り上げていきたいです」

 
「第17回ボルダリングジャパンカップ」大会特設サイト

CREDITS

取材・文 編集部 / 写真 窪田亮 / 協力 JMSCA

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PROFILE

野口啓代 (のぐち・あきよ)

1989年5月30日生まれ、茨城県出身。TEAM au所属。ボルダリングで日本人最多となるW杯年間優勝4回やジャパンカップ9連覇の記録を持ち、16年間も国際大会で表彰台に上がり続けた。世界中から惜しまれる中、集大成として臨んだ東京五輪で銅メダルを手にし、長年の競技人生に幕を閉じた。今後は競技の普及活動を中心に、第二のクライミング人生を歩む。(写真:永峰拓也)

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