FEATURE 128
裏方プロフェッショナル #019
有吉与志恵[日本コンディショニング協会(NCA)会長/野口啓代 専属トレーナー]
支えさせてくれて、ありがとう
これが私のクライミング道。舞台裏で“壁”と向き合うプロに迫ったインタビュー連載。第19回は、国内コンディショニング界の第一人者であり、野口啓代らの専属トレーナーとして共に東京五輪へ臨んだ有吉与志恵氏に、その内容や彼女を支える理由を聞いた。
※本記事の内容は2021年9月発行『CLIMBERS #021』掲載当時のものです。
有吉さんはテニスの杉山愛さんをはじめトップアスリートから一般の方まで幅広い指導実績があり、クライマーでは野口啓代、楢崎智亜・明智兄弟のトレーナーを務めています。最初に、野口選手と出会ったきっかけから教えてください。
「2018年12月にNCA公認のコンディショニングポールを購入していただいたという話を聞き、正しい使い方を教えましょうということで初めてお会いしました。1回のセッションだけだったのですが、今後のトレーニングを模索している最中だったようで、その場で『契約してもらえますか?』と私をトレーナーに選んでくれました」
どのようなサポートをされてきましたか?
「当初は毎週2時間のコンディショニングを行っていました。筋肉に意識を向けず、硬く動きづらい部分を動かしたり、あまり使っていない筋肉のトレーニングをしたり。『コンディショニング』は、筋力アップが目的の『フィジカルトレーニング』とは違い、姿勢の安定や軸づくり、筋疲労の回復など筋肉のバランスを整えて状態を良くすることを指します」
野口選手も『身体の歪みや癖の改善に驚くほどの効果を感じている』といった発言をSNSでしていました。
「啓代さんはO脚で、右肩が少し下がり気味でした。2019年8月に八王子で開催された世界選手権で初めて大会に帯同したのですが、女子複合決勝の選手紹介で8人が並んだ時に、ヤンヤ(・ガンブレット)の脚のバランスがすごく綺麗で対照的だったのを覚えています。でも今では、過去の写真と比較すると一目でわかるくらい綺麗になっていますよ」
パフォーマンスにも変化が?
「苦手だったコーディネーションの動きが改善されましたし、スピードも最短ルートで登れるようになりました。五輪直前には7秒台目前のタイムが出ていましたから」
脚の動きがスムーズになったと。
「彼女はすごくしなやかな筋肉の持ち主なので、すぐ動きに反映できますね。タイム向上は筋力アップの賜物でもあると思います。先の世界選手権が終わった直後には、フィジカルトレーニングも見てほしいと頼まれて引き受けました。あれだけ縦に速く登るには絶対的にパワーが足りていなかったので、ジャンプなどの基礎トレーニングを取り入れました」
彼女はどのような性格の持ち主ですか?
「物腰は柔らかいんですけど、でも闘志が内から燃えている。ものによってはのんびり屋さんだけど、クライミングに関してはストイック。例えば私が筋肉について教えると、最終的には『今日はここの筋肉の動きが良くなかったです』とトレーナーさながらに話してくるくらいです(笑)」
東京五輪は野口選手の出場する最後の大会となりました。
「彼女の集大成に付き合いたいという想いもあって、五輪前は一緒にいさせてほしいと申し出たんです。食生活の指導もさせてもらっているので、朝昼晩と食事の準備もして。トレードマークのリボンをどうするかという話もしていたのですが、開会式を2人で観ていた時に聖火の最終ランナーを務めた大阪なおみ選手が髪を編み込んでいて『啓代も編み込みなよ!』となり、本人が五輪マークの5色をつけたいと言ったので、私と彼女のマネージャーさんでリボンを買い漁りに行ったということもありました(笑)」
有吉さんにとって彼女はどのような存在ですか?
「彼女が思っていることは全部叶えさせてあげたい。そう思わせてくれる選手でした。私は『戦うのは選手だから、戦いの場には一人で行ってこい』という考えで、あまり選手の試合に帯同しないトレーナーなのですが、彼女の大会にはよく付いていきましたし、五輪前は17日間も一緒に過ごして、家族のような付き合いをしてきました。私のトレーナー人生史上に燦然と輝く存在です」
彼女の魅力はどこにあるのでしょう?
「生活すべてをクライミングに注ぎ込んでいる。そういう姿に私は心を打たれたんだと思います。彼女には『これだけ偉大な選手を支えさせてくれて、ありがとう』と言いたいですね」
CREDITS
インタビュー・文 編集部
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