FEATURE 119

コロナ禍でも店舗数を伸ばす

クライミングジム・グリーンアローの運営手法


コロナ禍においても、着実に店舗数を伸ばしているクライミングジムがある。千葉県と東京都で9店舗(トランポリンパークを含めると10店舗)を運営している「グリーンアロー」だ。2021年1月には東京都墨田区に「浅草吾妻橋店」をオープンし、今後も関東での新規出店を予定している。2010年の創業以来、マンション建設により立ち退きを求められたケースはあったが、赤字による閉店はゼロ。いったいどのような運営手法をとっているのか。千葉県船橋市の本社に伺い、国内最大規模のジム事業を動かしている代表・田上桂一朗氏、専務・大古田正裕氏、総務広報・竹内めぐみ氏の3人に話を聞いた。

※本記事の内容は2021年3月発行『CLIMBERS #019』掲載当時のものです。
 

イオンモール船橋店のファサード。広い間口とそのインパクトに多くの人が足を止めている。

 
 

重視するのは課題のクオリティ管理

 「クライミングジムは、ただお店を出せばいいわけではありません。しっかりお店を作り込んでいかないと、登る人も生まれてこない。すなわち“開拓”だと思っています」。代表の田上氏はジム運営をこう表現する。
 
 まず大事なのは、店舗の品質=課題のクオリティ管理。徹底しているのが、シビアな課題づくりだ。一般的に「小学1・2年生でも登れるような、持ちやすいホールドの多い課題は疎かになりがち」だというが、そうならないように初心者が必ず登れるコースを20本は各店に常設することを原則とし、初級、中級、上級者それぞれに同配分で計120課題を設置(全店で実施)。さらに使用するホールドもサイズや厚み、持ち感を、壁の傾斜も含めてグレードごとにあらかじめ決めている。
 
 「もっと登りたい、やってみたい」というクライミングの本質である楽しさを、絶えず提供し続けていこうという想いから、セット時のルールや設置数を守っているそうだ。
 

左から竹内氏、田上氏、大古田氏。本社研修ルームにて。(写真:編集部)

 
 

相乗効果を生むキッズクラブが財産

 
 1号店から実施しているキッズクラブの存在も、グリーンアローの人気を紐解くキーワードの1つだ。
 
 “すきま時間”を有効活用するために始めた小学生向けのスクールが、ママ友の間で評判となり、学校の友だちが体験しに来るようになった。すると親子でクライミングを親しむことに抵抗がなくなり、ファミリーの利用も増えて、彼らの経営理念「世代を超えてクライミング、スポーツを楽しむこと」が体現された。女性や子どもが自然に出入りすることで、「ジムにいるのは8~9割が男性と言われますが、うちは6対4くらい」と会員の男女比にも変化が表れたという。
 
 当初は“子どもたちにクライミングをさせるな”という批判もあった。15年にわたり他店でジム運営に携わり、2年前に入社した大古田氏は「一時は子どもの入場に時間制限を設けているところも多かった。店内にマットが敷き詰められ、両面に壁があって絶えず人が落ちてくるような古いジムでは、ルールを守れずに走り回る子どもは危険だったからです」と説明する。そこでグリーンアローでは、スクールにすることで先生役がきちんと指導をし、待機場所を作って登る場所との区分けをするなど安全な環境を整備。店舗によっては100人の生徒を抱えるほどの人気となり、安定した収入にも繋がった。
 

キッズクラブの在籍生徒数は400名超。日本一の規模を謳う。

 
 

スタッフとお客さんの距離も意識

 
 スタッフの接客・育成にもグリーンアローは力を入れている。「顔なじみの常連さんに時間を割きがちで、初めてのお客さんには声をかけづらいものですが、初心者にも寄り添うよう指導しています」と大古田氏。田上氏も「例えばゴール前で落ちてしまっても『よくあそこのカチを保持できましたね! 次のトライで落とせるんじゃないですか?』とポイントをお客様に伝えてあげられるように、スタッフには『背中に目をつけろ』と話しています」と接客の基本を教えてくれた。
 
 元お客さんで現在は社内の“何でも屋”だという竹内氏は、ユーザー目線で見た他店との違いをこう話す。「やっぱりスタッフとの距離ですね。グリーンアローには、何もなくてもスタッフに会いに来るような人がたくさんいました。深い話をするというわけでもなく、いてくれるだけでホッとする感じ。そこがいいなって」。
 
 他にも、前述した課題づくりや接客方法などを網羅したスタッフマニュアルを2年前に作成。10年間で培ってきたノウハウが集約された資料は100ページにも上るのだとか。社員にもアルバイトにも、最初に本社の研修ルームでこの“指導教本”を読んでもらう。
 
 長年の業界経験がある大古田氏は「営業戦略は肌感覚としてどのジムオーナーも持っていると思いますが、文字にすることで伝えやすくなる」とマニュアル化の利点を語る。接客の指導もする竹内氏によれば「体系的に把握できるので、配属先の店長からの反応もいい」そうだ。研修では簡易壁でホールドの付け外しまで体験させる。ビスの長さやテープの貼り方、壁の構造やナットとボルトの絡み方などを教えることで、店舗での基本的なトラブルに対応できるという。
 
 「会社が求めるスタッフの水準を現場の店長任せにすると、業務をしながらの研修になってしまい、十分にはできない」と田上氏。そのための研修ルームまで設けているのは、多店舗展開するグリーンアローならではだ。

 
 

出店先と店舗設計にもこだわり

 
 課題づくり、キッズクラブ、スタッフ育成というソフト面での取り組み以外に、ハード面でもこだわりを持っている。出店先については、千葉県の京葉エリアを中心とし、利便性が高く、登る壁を吟味できるような待機スペースが置けることを重要視。現在は100坪以上の敷地面積を条件にしているそうだ。
 
 「京葉エリアにはそれなりに人口がいて、マーケットに対してどんどん箱となる商業施設ができてきた。ここで通用しなかったら、東京などの他エリアに行っても勝負できないと思った」と田上氏。また、既存店と親和性の高い近場に出店することで常連客の囲い込みを狙える他、スタッフが複数店舗を兼務できることで接客のクオリティを落とさない運営も意識しているという。
 
 そして最後の肝となるのが、初心者が入りやすい店舗設計だ。田上氏は「他業種から学ばないと明日はない」と、人が通りやすい通路幅など快適な空間づくりを猛勉強。6店舗目以降は自身で設計専門ソフトを駆使し、壁の傾斜や配置場所までを3Dで描くようになった。大古田氏は「ジムが少なく、ただ壁があればよかった昔とは変わりました。なかなか自分で設計するジムオーナーはいないと思います。社長はパッと見た時にワクワクするような図面を引くんです」と話す。
 
 田上氏によれば「(ショッピングモール内にある)『ベイフロント蘇我店』には近隣に『鳥貴族』や『ユニクロ』などがある。そこと並んでも引けを取らない店構えにしないと、初心者の方も入ってきづらい。間口が広く、内部が見やすいファサード(店舗の正面外観)も意識している」といい、外観のイメージ図も自ら描いているそうだ。さらに、自然の岩場で楽しむ雰囲気をデフォルトした「フォレストデザイン」、海外のジムを参考にクライミングの世界観をよりダイナミックに表現する色彩を使った「レイヤーデザイン」の2種類のウォールデザインを考案し、利用者や商業施設側からも好評だとか。
 

広々とした店内のイオンモール船橋店。

 
 4月下旬には千葉県船橋市にある国内有数の大型商業施設「ららぽーと TOKYO-BAY」内に10店舗目のオープンを控えるなど、これからも着実に店舗を拡大していく予定だ。最後に、田上氏に今後について聞くと「僕は大金を持ってクライミングジムを始めたわけじゃない。貯金を切り崩して起業し、今までやってきました。ただ愚直に店舗運営の基本を追い求め、進化を続ける。やることは変えずにブレないこと。これはうちの強みでもあると思います。この先も特段変わったことをやるつもりはありません」と前を見据えていた。常にお客様の立場に立って考える。この変わらぬ姿勢で、グリーンアローはこれからも多くのクライマーを生み出していくに違いない。
 
 

 

ボルダリング&クライミングパーク グリーンアロー

千葉県、東京都を中心に9店舗のクライミングジムを展開する。好アクセス、広い店内、開けた外観などを特徴として様々な層の取り込みに成功し、2020年に創業10周年を迎えた。
公式WEBサイト ⇒ http://www.green-arrow.jp/
公式インスタグラム ⇒ @green_arrow_insta

CREDITS

取材・文 編集部

※当サイト内の記事・テキスト・写真・画像等の無断転載・無断使用を禁じます。

back to top