FEATURE 11

裏方プロフェッショナル #003

伊藤剛史(BOTANIX代表)

壁に在る「ニュアンス」を感じてほしいです

これが私のクライミング道。舞台裏で“壁”と向き合うプロに迫った当連載。第3回は、元ワールドカップ選手であり、現在はルートセッターとして、そして美しく斬新なウォール製作で名高い「BOTANIX」の代表として活躍中の伊藤氏を紹介します。

※本記事の内容は2017年6月発行『CLIMBERS #004』掲載当時のものです。
 
 
クライミングと出会ったのは、意外にも26歳の時だったそうですね。

「最初は友だちに誘われて1回きりでした。その後、当時の仕事を辞める時に海外を旅したのですが、今まで仕事ありきと考えていた人生がそうじゃなくていいんだと感じる経験をしまして。それで夢を見たのか、クライミングでいけるかも、やらなきゃと直感で思ったんです。そして帰国後、地元・近畿のシティロックジムさんに行って『働きたいです』と」

そこから30歳で日本代表に選ばれ、2009年にはW杯2大会にも出場されると。

「でもその時には、オフも取らずトレーニングしっぱなしだった日々の負担が積み重なって、ほとんど思い通りに動けない状態だったんです。もう少し続けたかったんですけど」

その当時に壁立ての仕事と出会われて?

「選手活動を一時休止中の時期にジムで手伝ってくれと言われたのが最初で、いつからか完全に依頼を受けるようになり……なので望んでやり出したわけではないですね(笑)。ただ、もともとモノづくりが好きでした」

その後、クライミングウォール製作の会社を立ち上げるまでになるのですね。

「自分がいいと思う空間を提供して、もっと多くの人に喜んでもらいたいなと。もともと服屋で働いていたのも、提案するものをカッコいいと思ってほしいというスタンスでした。また、ルートセッターも含めた自分の活動を、伊藤剛史という個人ではなく『BOTANIX』としてやりたかったというのもありますね」

一つの壁を作るのにどれほどの期間が?

「だいたい1カ月くらいです。他の業者さんだと3分の1、10日程度で終わっちゃうでしょうね。でも、僕はこだわりたい。本当にいいものが作りたいと真剣なオーナーさんと一緒にやりたいし、そうでなければ僕らの仕事内容を理解してもらえないと思います」

品質の面ではどういった違いが?

「一番はフレームが違う。僕らの壁は、表面を外しても下にほぼ同じものが埋め込まれているんです。だから固いし、岩のように揺れない。中身がカッコよくないと外見はカッコよくならないですからね。一生見えないけど」

「BOTANIX」の壁は美しい曲線が印象的ですが、参考にするモデルはありますか?

「特にないですね。けれどそこがこの仕事の一番難しいところ。単純に自分がイメージしたものだけを作ると、例えば海外の大きなジムなら成り立っても、空間が限られる日本のジムでは適さない部分もたくさん出てくるんです。やるムーブが決まってくるとか、ホールドの意味がなくなってくるとか。そうすると、面白い動きやハッとさせられる動きが出なくなってしまう。競技のための壁とカッコいい壁、不変とキャッチーの微妙な境目が難しいんです。作りたいように作って、果たしてそれが1年後、2年後、10年後に面白いのか?っていうのもある。やっぱり長く使ってほしいし、そうした点でいつも頭を悩ませています。この壁はこう登るといった決めつけのない、“ニュアンス”や“曖昧さ”を大事にしているので、だからこその曲線なのかもしれないですね」

この仕事の魅力とは?

「毎回毎回“箱”に入った時の仕上がりが違うこと。それぞれの微妙なニュアンスがハマった瞬間、やっぱり喜びが湧いてきます」

今後の夢や目標はありますか?

「壁立て限定では、神社仏閣とまでは言わないけど、例えば3年かけて製作するとか、そういうのに挑戦してみたいです。知っていかないと凄さが引き出されないみたいな、奥深さのある壁。現代的なものを作っていますが、より長く人の生活に寄り添えるモノづくり、空間づくりをしていけたら一番いいですね」

CREDITS

インタビュー・文・写真 編集部 / 撮影協力 Fish and Bird 二子玉川

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