FEATURE 102

スピードクライミングは新たなステージへ

タレント発掘・育成が進む日本のスピード界


近年、急ピッチで施設整備が行われた国内のスピードクライミングだが、日本スポーツ振興センターの「アスリートパスウェイの戦略的支援事業(※)」により、ソフト面でも強化が進められている。その中心人物の一人であるJMSCA強化委員会の富澤隆一郎氏に、取り組みの目的や現状、そして3月6日に同時開催される第3回スピードジャパンカップ、第1回スピードユース日本選手権亀岡大会の注目点を聞いた。

※独立行政法人日本スポーツ振興センター委託事業「アスリートパスウェイの戦略的支援」(競技別コンソーシアムによる地域パスウェイの整備) 以下、アスリートパスウェイ事業

※本記事では『第3回スピードジャパンカップ公式大会プログラム』掲載インタビューに未収録分を追加してお届けします。

「アスリートパスウェイ」とは?
“パリ五輪でのメダル獲得を目指しています”

現在、JMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)はスピードクライミングの選手育成に取り組んでいますが、「アスリートパスウェイ」という概念がその中心にあるそうですね。

「『アスリートパスウェイ』は『子どもがスポーツに触れてからトップアスリートになるまでの道すじ』と定義されており、その構築、整備を目的に日本スポーツ振興センター(JSC)が各競技の中央団体(NF)に委託する事業です」

目的は何でしょうか?

「『地域の有能なタレント又はアスリートから中央競技団体が育成するナショナルタレントへのパフォーマンス移行を支援するプログラムの整備を行い、強固で持続可能なアスリートパスウェイの構築に貢献すること』とされています。簡単に説明すると、各競技におけるタレント発掘・育成のシステムを各地域に構築して、年代別の日本代表選手になるまでの持続可能な道すじを作っていくことです。JMSCAでは2019年に委託され、育成システムを各地域に根付かせることに加え、パリ五輪でのメダル獲得を目指しています」

すべての中央競技団体が、この「アスリートパスウェイ事業」を導入しているわけではないですよね。

「JSCは様々なNFと手を組んでいますが、この制度はまだ競技人口が少なく、比較的認知されていない競技に導入するケースが多いと思います。今だと我々の他に、ライフル射撃やトライアスロン、フェンシングといった競技が同様に委託を受けています」

 
 

スピードに適性のある中学生を発掘
“育成で成功しているインドネシアを参考に”

具体的に、JMSCAではどのような取り組みを行っているのでしょうか?

「各都道府県では『地域タレント発掘・育成事業』という、体力テストがオールAのようなスーパーキッズを選考する事業を行っていて、その中からスピードクライミングに適性のある選手を発掘・育成しています」

JMSCAは公認のスピード壁を保有している岩手、鳥取、愛媛の3県と提携していますよね。

「はい。中学生に対象を絞り、2019年に1期生の募集をかけたところ、各県15~30名程度の応募がありました」

どのような選考をされているのですか?

「まずは垂直飛びや20mのスプリントといった9項目の体力テストです。これはスピードクライミング選手の育成で成功しているインドネシアの例を参考にしたもので、特に垂直飛びと、ホールドを引き付ける力に直結する腕力の数値を重要視しています。垂直飛びが60cm以上の場合はなかなかの素質があると言えますね。他にも意欲や自己分析力、それを言語化していくコミュニケーション力などを見る面談、クライミングの資質を測るトップロープのテストを行います」

選考をクリアした中学生は、3県合わせて何名いますか?

「2期生の選考を昨年11月に実施しましたが、そこに1期からの継続生を加えると、現在40名ほどです」

中には他競技から転向したケースも?

「ありますね。陸上短距離をやっていた選手は、真上に駆け上がる経験はありませんが、短い時間の中で走ってきていますので、競技特性的に合っていると感じています」

アスリートパスウェイ事業で選出された選手は、最高でどれくらいのタイムが出ているのでしょうか?

「男子では、もともとクライミングをしていた選手だと7.19秒で、未経験者だと8秒ちょうどが最速です。他にも8秒台前半はユースA・Bの選手で複数名います。女子は、クライミング未経験から始めて12~13秒くらいでしょうか。最初は3手目が届かないような状態で、男子は50秒くらい、女子は1分以上かかっていましたね」

選手たちはどのような指導が受けられるのですか?

「各都道府県競技団体(PF)のコーチによる練習会が週1回以上あり、JMSCAからも月に1回以上は出向くようにしています。我々は指導者にコーチング方法を伝えることも重視していて、強豪国のインドネシアやロシアから学んだ指導法を基に、各PFコーチにその手法を伝えています」

 
 

育成事業の手ごたえと今後の課題
“スピードに転向する選手の出現にも期待したい”

これまで2年間、アスリートパスウェイ事業に携わってみて、手ごたえはいかがですか?

「2020年度のユース日本代表に何人か輩出することができましたし、クライミング未経験でもユース代表になるための基準タイムを練習会でクリアしたり、0.5秒以内に迫っている選手が複数名いるので、非常に手ごたえを感じています」

彼らのスピードに対する「意欲」はどうでしょう?

「高いですよね。一緒に練習していた仲間がユース代表に選出されたり、あとはタイムがわかりやすいというのも理由の一つでしょう。『ユース代表の基準タイムがこれで、今の自分のタイムがここだから、もう少しだったらいけるかな?』といったように、“わかりやすい”というのは選手のモチベーション向上に大きく影響を与えるなと感じています。これは(スピードクライミング3種目の中で唯一コースがどの大会でも共通している)スピード種目ならではですよね」

一方で課題は感じていますか?

「PFのコーチ同士の繋がりをより強固なものにしていきたいです。前述の3県で実施した取り組みを他地域にも広げていきたいと考えた時に、指導者のネットワークは不可欠です。体力テストの項目や選考基準の精度も高めていかないといけません。また、今の構造だと各PFは国体強化費で選手育成などを行っていますが、スピードは国体種目ではないので、なかなか予算を確保しにくい。そこも課題として挙げられます」

JMSCAのアスリートパスウェイ事業は2021年3月で終了しますが、今後の育成に関してはどのような展開を想定していますか?

「これまでの指導を下敷きにして今後も各県と連携していきながら、引き続き選手たちのクライミング能力の可能性が増える取り組みをしていきたいです。競技人口がまだまだ少なく、可能性のある選手たちは日本中にいるのではと考えています。他競技に取り組んでいる選手も含めて、スピード種目から『チャンス』を掴める機会を増やしていきたいですね」

今年は第3回スピードジャパンカップ(SJC)と、第1回スピードユース日本選手権亀岡大会が同時開催されます。ここにアスリートパスウェイ事業で選出された選手も出場しますか?

「中学生を対象としているので、年齢的には出場できます。スピードに取り組み始めたばかりの2期生はまだ出ないにしても、1期生が全員出るならば合計で20名強が出場するので、彼らの活躍には注目したいですね」

SJCの注目ポイントを教えてください。

「出場できる年齢基準に達したアスリートパスウェイ事業の選出選手も数名出場しますし、竹田創選手、大政涼選手というすでにスピードのシニア日本代表に選ばれている2人にも注目したいです。彼らには同事業の練習会や合宿に練習パートナーとして参加してもらうなど協力してもらいました。そんな彼らの活躍に触発され、もともとクライミングをしている選手の中からスピードに転向する選手がひょっとしたらいるのでは?と期待しています。実際に数名ですが、そういった選手もいるんです。スピードに適性があるクライマーもいると思うので、そんな選手が今大会を見てスピードにチャレンジするようになり、スピードクライミング界を一緒に盛り上げてくれるようになれば面白いですね」

 
「第3回スピードジャパンカップ」大会特設サイト

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 窪田亮 / 協力 JMSCA

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PROFILE

富澤隆一郎 (とみざわ・りゅういちろう)

理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー、修士(スポーツ科学)。JMSCAでは強化委員会の強化コーチとして従事し、スピードクライミングの選手発掘・育成に取り組んでいる。

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