FEATURE 100

東京五輪 代表内定インタビュー

野中生萌 史上初の金へ。全てを懸ける

嬉しさよりも安堵が大きかった東京五輪代表内定。「またクライミングが強くなった」という野中生萌が、重圧を力に変え、今までの全てを懸けて、金メダルを目指す。

やっと終わった…安堵の内定
揺さぶられないように頑張っていた

 
まずは、昨年末の第3回コンバインドジャパンカップ(CJC)優勝おめでとうございます。大会の感想から聞かせてもらえますか?

「ディフェンディングチャンピオンだったので、もう一度優勝を狙おうという強い気持ちがありました。ただ(五輪代表選考基準をめぐる)CAS(スポーツ仲裁裁判所)の裁定が出た後でメンタル的に難しい時で、さらにいつもは大会がない12月ということもあり、普段とは大会の捉え方が違いました。なんて表現したらいいかわからないんですけど、私にとってはすごく大きな、大事な大会だったと思います」

CASの裁定直後で、やはり気持ちの作り方は難しかったですか?

「そうですね。CASで代表内定者が決まらなかった場合はCJCの結果で決めるということでしたし、裁定の前も『もう決まった』なんていう不確かな噂があって、不安な状態の中で仕上げていきました。CASの裁定が出たので、出場しなくても良かったといえば良かった大会でしたが、でもそこで『やるべきことはやる』という気持ちを持って出場しました」

結果はスピード2位、ボルダリング1位、リード1位で圧勝という形でした。

「結果だけを見ると圧勝かもしれないですけど、個人的にはあまりそういう感覚はないです。というのも、スピードの最後でミスが出てしまった。置きにいけば、持っている自己ベストのタイム的に勝てるんですけど、何かが懸かっていない大会だからこそチャレンジもできる。その狭間で揺さぶられて、ミスに繋がったんだと思います。そこからの切り替えを常に意識しながらやっていたので、自分的には飛ばしていって圧勝、みたいな感じはなくて」

あらためて、五輪代表内定おめでとうございます。内定が決まったと知った時の心境は?

「ありがとうございます。決まって嬉しいというよりは、やっとこのモヤモヤした長い期間が終わったという気持ちのほうが大きかったです。それが正直な気持ちかなぁ。他の選手も含め、みんなストレスはあったし、辛かった思いから解放されたというか、『やっと終わったんだ』っていう安堵の気持ちでしたね」

代表選考基準に関してはJMSCA(日本山岳・スポーツクライミング協会)とIFSC(国際スポーツクライミング連盟)で意見の対立がありましたが、当事者として今回の件を振り返ると?

「うーん(笑)。まずなんでこんなことが起きたのかなって。その時々で色々と思うところはあったんですけど、今になると訳がわからないですよね。信じられないです。(内定が決まるまで)協会からの情報が全くなくて、それも本当におかしいって私は思います」

野中選手にはマイナス要素は考えない、弱音は吐かないといった印象がありますが、内定後にはご自身のインスタグラムに「不安な時期が長かった」と書かれていました。内定までの1年あまり、どのような心境で過ごしていましたか?

「早く決まってほしいというモヤモヤはあるけど、たぶん無意識に、その気持ちを出さないように、出さないようにとしていました。もちろん不安はあるし、早く決まれとか、本当に色々と考えはありましたが、そこに意識を向けないようにしていました」

自分ではどうしようもできないことだから、考えないようにしていた?

「どう考えたって、どう対処しようとしたってその状況は変わらない。だから自分でコントロールできる範囲のことをコントロールしようと思って。自分の気持ちとか、練習の取り組み方なら変えられる。周りの環境に揺さぶられないように頑張っていましたね」

 

 
代表内定を受けて、周囲の方から何か言葉をかけられましたか?

「正式発表の前に、今回の問題に関わっていた選手には先に報告があって、まず連絡した両親からはそこで『おめでとう』と言われました。他の方からは『やっと終わったね』っていう言葉も多かったです」

同じく代表に内定した男子の原田海選手とも会話しましたか?

「『やっと終わったんやな』みたいな感じで連絡がきて、『そやなぁ』って(笑)」

 
 

2020年はずっとトレーニング
またクライミングが強くなった

 
2020年はコロナ禍で大会の延期や中止が続く異例のシーズンになりました。

「個人の競技面だけを考えれば、いい1年だったと思います。コロナや代表選考問題があった中で、メンタルを正常に保つことの大切さや、気持ちをうまくコントロールする仕方、他にも様々なありがたさを知ったり、あらためて感じたり。一方でいつもとは違うトレーニングのアプローチもできました。何かができなかったり欠けていることで、そこを補うために必要なものを学べる年になりましたね」

いつもとは違うトレーニングとは?

「例年は大会に出場していて調整期間が続くので、あまりトレーニングらしいトレーニングはできないんですけど、スピードにしてもボルダリングにしても、2020年はずっとトレーニングでした。量をたくさんこなすというよりは高負荷がかかるような練習を、フィジカルトレーニングを含めてけっこうメニューに入れて、本当に疲れるくらい追い込んだりとか。大会があるとそこまではなかなかできないので」

トレーニングに時間を充てられたことで、伸びたなと思う部分は?

「ここにきて『またクライミングが強くなった』と感じられました。テクニックがつくとかそういうのではなくて、シンプルに登り込めば登り込むだけ体力や経験もつく。何事も積み重ねですね」

2020年7月にはYouTubeチャンネルを開設され、これまで20本ほど動画を投稿されています。

「私も楽しんでやっていますし、それを見て楽しんでくれている人がいたら嬉しいなって思います」

特に自宅ルームツアーの動画は、一人でカメラを回して話して、すごく上手いなと感じました。

「本当ですか?(笑)いつも情報を発信しているインスタグラムでは、それまでの野中生萌のイメージで作っていますけど、YouTubeは自然な感じでやりたいなと思っています」

反響はいかがですか?

「『YouTube見たよ』って言ってくれる人はけっこういますね。(野口)啓代ちゃんはそれこそルームツアーの動画を見てくれて『一人暮らし始めたって、あれで初めて知った』って(笑)」

 
 

目標は「金メダル」!
伸びしろはリード、目指すは“最強”

ここからは五輪についてお聞きしていきます。この世界的なスポーツの祭典にはどのような印象をお持ちですか?

「世界中が盛り上がるビッグイベントですよね。いつも印象に残るのは開会式です。全世界の様々な種目の選手が出てきて、『楽しそう』と思って観ていた記憶があります」

8月の本番に向けて、意識して取り組みたいポイントはありますか?

「私の強みはフィジカルなので、そこをもう一段階上げたいです。それによって体力もそうだし、単純に難しい課題も楽に感じるだろうし」

ずばり目標は?

「金メダルです」

コンバインドで勝つための戦略としては、得意とされているスピード(第1種目)とボルダリング(第2種目)で逃げ切り?

「そうしたいけど……」

リードも頑張りたい?

「3種目を全体的に上げておくのは絶対に必要です。スピードとボルダリングでうまくいけば望み通りですけど、でもリードもフォローできるように頑張りたいですね」

以前に3種目の中ではリードが一番苦手だと話されていましたが、CJCではリードで1位でした。意識に変化はありますか?

「ありますね。CJCに関しては他の選手がスリップで落ちたので、本当にラッキーでした。でも以前は腕がパンプしてきたら頑張れずにそのまま落ちてしまうことがほとんどだったんですけど、今は辛くなってから粘れるようになってきた感覚があるんです」

それはいつ頃から?

「リードW杯で決勝に残れたりとか、『ちょっと成長したな』って感じられるポイントは少しずつあったんですけど、それを毎回の練習で感じられるようになったのは2020年かなぁ」

3種目の中で伸びしろがあるとしたら、リードでしょうか?

「そうですね。リードが一番シンプルなので。単純にムーブを繋げていければ、結果は出やすいじゃないですか。持久力はそもそもマイナスからスタートしていると思っているので(笑)、あとは上がるしかないです」

 

 
スピードについてはいかがですか? 専門選手を除けば、タイムが速いことが野中選手の一つの強みでもありますよね。

「(2020年)11月の欧州選手権で多くの選手が8秒台中盤を出していたんですよね。練習では8秒台前半も出ていると想定すると、うかうかしていられないです。五輪までにはタイムを求めなくてもいいくらいにしておきたいですね。少し置きにいっても8秒台前半くらい。今は全力でいかないと8秒台前半は出ないので」

昨年10月には伊藤ふたば選手が野中選手の持つ8.40秒の女子スピード日本記録を更新(8.32秒)しましたが、悔しさはありますか?

「公式で出せるのはすごいなと思いました。『悔しいな』っていうのはなかったですね」

野中選手には負けず嫌いな一面があると思いますが。

「負けず嫌いだからこそ『まぁまぁ、落ち着いて』って思ったんだと思います(笑)」

練習ではどれくらいのタイムが出ていますか?

「11月下旬の代表合宿の時に、8.22秒は出せました。もっと暖かくなればタイムは上がるはずなので、そこにも期待しています」

順調にスピードのタイムが伸び、リードがさらに強くなれば、3種目で苦手がなくなり手がつけられなくなりますね。

「目指すは“最強”です」

 
 

プレッシャーや期待を力に変えて
今までやってきた全てを注ぎ込みたい

メダルを争う上で最大のライバルは?

「いや、もうみんなじゃないですか? どれかの種目で1位を取れるってことが相当大きくて、それだけで上位争いに絡んでくる。そう考えるとスピードの専門選手も厄介ですよね。決勝に進めたとして、そこにスピードの選手が2人くらいは入ってくる可能性がありますし。予選では1つの種目で1位を取れば必ず決勝に進めるので(スピードを得意とする選手は女子予選に4人出場予定)。だから結局、みんながライバルです」

全員がライバルだとは言いつつも、やはり(世界選手権でコンバインド2連覇中の)ヤンヤ・ガンブレット(スロベニア)の存在は気になりますか?

「気になりますね。単純に強いので。しかもヤンヤの場合は、登り的に速い動きができない選手でもないので、スピードのタイムを上げてくる可能性がある。現在の状態を見ていないからわからないですけど、手強いはずです」

同じ日本代表には、仲間でありライバルでもある野口啓代選手がいます。野中選手から見てどんな選手ですか?

「もう怪物ですよ(笑)。だってトップレベルに何年いるんですか? クライミングのスタイルは時代と共に変わっているけど、それに順応して常に上位にいる選手なので、恐ろしいですよね」

まだ先の話ですが、2024年のパリ五輪でもスポーツクライミングは継続採用されることが決まりました。

「オリンピックの実施競技になかったところから入って、さらに続くというのは、それだけ注目されている証拠だし、嬉しいです」

実施種目はボルダリング&リードの2種目コンバインドと、スピード単種目に変更されます。

「いいと思います。どうせ分けるなら3種目にしてほしいですけど、そこは色々と段階を踏んでいるんだと思いますし」

「オイコス」のブランドアンバサダーを3年連続で務めるなど、様々な企業からサポートを受けられていますが、高まる周囲からのプレッシャーは感じるほうですか?

「感じないです。期待してもらっていることが嬉しいですね、本当に。プレッシャーになるというよりは、それに応えたいっていう気持ちで、私の場合は力に変えられるので」

 

 
最後に五輪への意気込みと、いつも応援してくださる方々へのメッセージをお願いします。

「金メダルを取ること、そして悔いのない大会にしたいなと思います。本当に全部を、今までやってきた全てをそこに注ぎ込みたいです。コロナ禍や代表選考の問題など色々あった2020年も、みなさんが応援してくださいました。期待してもらっているからこそ、それがエネルギーとなって私は頑張れているし、いつも上を目指せているのは私一人では絶対に無理なことなので、本当に感謝しています」

五輪で金メダルを取り、みなさんを喜ばせることも一つのモチベーションですね。

「これほどの世界大会で、日本を背負って出場するわけですから、頑張りたいですね」

CREDITS

取材・文 編集部 / 写真 永峰拓也 / 撮影協力 B-PUMP 荻窪店

※本記事の内容は、2021年1月末発行の『MIHO NONAKA SPECIAL ISSUE edited by CLIMBERS』掲載当時のものです。

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PROFILE

野中生萌 (のなか・みほう)

1997年5月21日、東京都生まれ。8歳でクライミングを始める。2014年に16歳でボルダリングW杯に初参戦し、翌年には年間ランキング3位。持ち前のフィジカルを武器に、先駆者・野口啓代と日本代表を牽引するまでになると、その野口と何度も優勝を争った2018年にはボルダリングW杯年間優勝を果たした。1年以上に及んだ代表選考問題を経て、2020年12月に五輪代表内定。好きな言葉は“「今に見てろ」と、笑ってやれ”。

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