FEATURE 10
独占インタビュー[前編]
楢崎明智 W杯ベイル大会2位! いま注目の18歳
自分が負けるより、智くんが負ける方が悔しい
2017年も渡部桂太、楢崎智亜が年間王者を争うなどワールドカップで好調のボルダリング日本代表勢に、また新たな“2020メダル候補”が現れた。6月9、10日の第5戦ベイル大会(アメリカ)で準優勝を成し遂げた、楢崎明智(ならさき・めいち)である。185cm超の長身を生かした迫力ある登りを大舞台で見せつけた新星は、謙虚で素直で世界チャンピオンの兄が大好きな18歳。次戦ナビムンバイ大会(インド)を週末に控えた6月19日、練習帰りの高校3年生クライマーに今の心境をじっくり聞きました。
※このインタビューは2017年6月19日に収録されました。
初めての決勝へ!躍進を支えた兄の存在
今シーズンからボルダリングでワールドカップに本格参戦し、先日の第5戦ベイル大会で初めて決勝に進出、そして2位という好成績を残しました。まず率直な感想から聞かせてください。
「あまり実感が湧いていないんですよね。智くん(兄・楢崎智亜)にもそう言ったら『俺もそうだったよ』と言われました。しっかりと実力がついて、勝てると確信を持って勝てたら実感が湧くものだって。だから今回はうまくいったけど、実力的にはトップとの差はだいぶあると思っています」
予選は全5完登と素晴らしいスタートでした。振り返るとどうでした?
「今シーズンはどの大会も予選の調子が良くて、予選落ちしたのは八王子大会(第4戦)だけなんですよね。それ以外はどれもグループの5位以内には入れていました。でも今回は、その中でも予選でうまくいかなかった方なんですよ。順位的には良いんですが、いつもだったら一撃していたり、早く終わらせられる課題もすごく時間がかかってしまった」
18アテンプトかかっていますね。
「1課題目とか、すごく簡単な課題だったのに2回も落ちてしまって。その時には(八王子に続いて)今回も予選落ちするかもなって、一瞬ナーバスになりました」
5課題目が終わった時はどんな心境でした?
「やっと終わった、という感じでした。いつもなら予選は調子が良いので、サクサク登って終わらせて『あれ?これで終わっていいの?』という感じだったんですけど、今回は辛かった。全部登れてだいぶホッとしましたね。でもそこを気合いで乗り切れたので、準決勝はすごく軽い気持ちで出られました」
その準決勝ですが、ここまではどの大会でも良くて1完登という苦戦が続いていました。今回2完登できた要因はどんなところにありますか?
「ボルダリングジャパンカップ(1月28、29日)の時も予選がまったくダメだったんですよ。できるはずの課題でもっと簡単なムーブがあるのに、それを選択できなかった。それですごくアテンプトがかかってしまって予選の順位は酷かったんです。でも準決勝では2位でした。逆に予選で調子が良いと、準決勝でボコボコにされています」
調子が良いと油断してしまう?
「『あれ、これいけるんじゃないか?』と思っちゃうんですよね」
準決勝までの間にお兄さんの智亜選手とは何か話しました?
「ワールドカップでは毎回ホテルで同部屋なので、ずっと話していましたね。予選が終わって『今回ダメだったなあ』と言ったら『いいじゃん。俺なんて4完登だぜ』って(笑)。そのあとはお互いのダメなところを指摘し合っていました」
それでだいぶ整理できました?
「かなりできましたね。あと準決勝で智くんの順番が2つ前だったので、アイソレーションで一緒になるんですよ。だからかなり安心できたし、リラックスできました」
そして第1、第2課題を一撃。これが決勝進出の大きな要因となりました。
「もうそれだけです。今回はそれがすべてでした」
決勝に残れた時の心境は?
「素直に喜べなかったですね」
それはなぜ?
「智くんとずっと一緒に決勝に残りたいと思ってきたんです。けれどアイソレーションで智くんがシュンとしていて(準決勝9位で敗退)。落ち込んでいる時って、体がしぼんでいるのが目に見えてわかるんですよ(笑)。自分が負けるより智くんが負ける方が悔しいですね」
初めて決勝に残れたといっても、それほどポジティブな感じではなかったんですね。
「落ち込んでいたというか、少し萎えていたんですよ。でも今回は渡辺海人くんも同部屋で、僕が決勝に残れたことを2人がすごく喜んでくれて、応援してくれました。それで頑張ろうと思えましたね」
(同日、準決勝後に行われる)決勝までの時間はどう過ごしていたんですか?
「決勝に残ったみんなでプールに入りました。そこでリラックスして、いったんリセットしてから決勝に向かいました」
気合いで表彰台!「決勝に残るって楽しい」
左から自身初の決勝で見事2位に輝いた楢崎明智、チョン・ジョンウォン、緒方良行
ワールドカップの決勝という舞台は、他と違う部分がありました?
「僕は決勝の方が得意でしたね。準決勝の方が毎回フィジカルで勝負をさせられ、すごくふるいにかけられている感じがあって苦手なんですよ。でも決勝は楽しめる場でした」
お客さんの反応も凄かったですよね。
「面白かったですよ。客席を見た瞬間にものすごい数の人がいて、もうそれで登るのが楽しみになってワクワクしちゃいましたね」
第1課題から振り返るとどうでした?
「第1課題はとにかくスタートを切るのが怖かったんです。チャレンジャーでワクワクしていたんですけど、離陸する時に『あれ、この1アテンプト大きいんじゃない?』と思った瞬間にすごく怖くなりました。でもここを一撃して波に乗れたのかなと思いますね」
最高のスタートでしたね。
「ただ、第2課題で折られましたけど(笑)。勢いに乗れたと思ったけど、2課題目を見た時に『あ、これ絶対できないやつだ』ってわかりました」
そこはもうできないものと割り切る感じではいたんですか?
「トップの選手はもっと上手に割り切れるんですけど、僕は全部を触りたいと、一つでも多くのホールドを触りたいと思っていました。でも結局、何もできずに終わりました。今思い返したらもっと色々できたと思います」
第3課題はどうでした?
「べーちゃん(渡部桂太)は世界一スラブが上手いと言われているんですけど、そのべーちゃんができなかった瞬間に『これ登れればいけるな』と思いました。それで一気にスイッチが入って、あとは気合いでしたね」
3アテンプトでの完登でした。
「スラブでも足に乗る系ではなくて悪いホールドを持つタイプの方で、もう頑張れば頑張るだけいけるスラブだったんですよ。だからもう指が裂けるんじゃないか、っていうくらい頑張って持ちましたね」
その頑張りで表彰台の可能性を残して最終課題に入りましたね。
「今回、自分が苦手だなと思う課題を予選は攻略できたけど、準決勝では何もできなくて、決勝の第2課題もダメでした。この流れだと第4課題も絶対にできないなと思ったんですよ。でも普段FLASH(栃木・宇都宮)というクライミングジムで登っているんですが、そこのメインのセッションウォールが120〜125度くらいで、最終課題も同じだったんです。それでいけるんじゃないかって思えました」
緊張はしました?
「まったくなかったですね。ただ、すごく疲れていました。決勝のアイソレーションに入ってからも全然アップができなくて、もう腕も引けないという感じでした」
その疲労の中、2アテンプトで完登します。
「最終課題に出る直前に隣で(野口)啓代ちゃんが『明智、メダル取れるの?』って聞いてきて、『これ取れればいける』と。メダルが取れるかもしれないって思った瞬間に、何かがプツッと切れる感じで疲労が飛んでいったんですよね。そこからはあんまり覚えてなくて、普段意識している動きとか全部忘れて、気合いで登りました」
1トライ目で失敗した時のことも覚えてないですか?
「1トライ目で落ちた時は、『やっぱりダメかも』と頭をよぎりましたね。そこから立て直せたのは、自分の中では大きかったなと思います」
立て直せた要因を挙げるとすれば?
「応援ですかね。最終課題で出て行く時、会場を見渡すように立ったんですけど、その瞬間に『あ、いるな』って智くんのいる場所がわかりました。決勝前に監督も『明智なら絶対メダル取れるから』と声をかけてくれて、そういうことが背中を押してくれました。応援って、大事なんだなって」
決勝を終えて、みんなからの反応はどんなものでした?
「おめでとうって、抱きついて来てくれました。すごく喜んでくれたんですよ。『あれ、みんな僕よりも喜んでる?』って感じで(笑)。嬉しかったですね」
表彰台はどうでした?
「一番実感が湧かなかったですね。表彰台に登って『あ、メダルもらった』って。それで気がついたらもう終わってた感じでした。ただ、今までワールドカップの準決勝で敗退して、決勝を見ているのって好きだったんですよ。でも決勝に残るのって、もっと楽しいなって」
一つ上の景色を知っちゃったんですね。
「知っちゃいましたね」
さて、次のインド・ナビムンバイ大会(6月24、25日)がもうすぐ始まりますが、最後に意気込みを聞かせてください。
「精一杯楽しみたいなという気持ちですね。ベイルでは予選落ちか?決勝か?というくらい、一か八かで思い切りチャレンジしてやろうと臨んで、いい登りができました。今回はもうあまりリザルトのことなど考えず、できるだけ多くのラウンドで戦って、とにかく楽しみたいですね。ただ、そう言いつつもちょっと緊張しちゃっています」
兄弟での決勝進出も期待しています。
「ありがとうございます。頑張ります」
(インタビュー[後編]に続きます)
CREDITS
インタビュー・文 篠幸彦/
写真 編集部・窪田美和子/アフロ
PROFILE
楢崎明智 (ならさき・めいち)
1999年5月13日、栃木県生まれ。2016年のW杯年間王者&世界選手権チャンピオン、楢崎智亜の3歳下の弟。兄の影響で小学生の時にクライミングを始めると、12年と14年のJOCジュニアオリンピックカップで優勝、14年の世界ユース選手権で4位に入るなど才能を開花。長身を生かしたダイナミックな登りはトップ選手にも引けを取らず、16年には兄や世界の強豪を抑えてTHE NORTH FACE CUPを制した。今年は1月のボルダリングジャパンカップで5位入賞を果たし、迎えたW杯の5戦目で自身初の表彰台となる2位に躍進した。