FEATURE 124

東京五輪 直前インタビュー

野中生萌 目標は優勝と、みんなで楽しむこと


スピードでも5月に日本人初の快挙を達成し、3種目とも仕上がりは順調だ。“最大限の”野中生萌、そのダイナミックな登りを、みなさんも堪能してほしい。

※本記事の内容は2021年6月発行『CLIMBERS #020』掲載当時のものです(このインタビューは2021年6月13日にオンラインで収録されました)。
 
 
まずはスピードW杯で日本人初の表彰台、おめでとうございます。5月28日のソルトレイクシティ大会で3位入賞を果たしました。

「ありがとうございます! 全ラウンド予期せぬ展開で、興奮の連続でした。プラティクスの時はまったくいいタイムが出ず、ネガティブな状態だったのですが、何とかギリギリで決勝に残れて、その初戦を勝てたことで一気に波に乗れたと思います。大会が終わった今は、何より日本人初のメダル獲得ということで、歴史に名を残せて嬉しいという気持ちですね」

スピードでメダルを取れたこと、それから日本記録も更新(8.20秒)できたことで、五輪に向けて弾みがついたのでは?

「間違いなくそう思います。練習ではもっと速いタイムが出ていて、でも大会になるとなぜかタイムが出なかったり、ミスが出てしまったり。あまりいいイメージがなかったので、どこかで挽回したいなと思っていたところで今回、日本記録を塗り替えてメダルも取れたのですごく自信になりましたし、実際にその経験ができたからか調子が目に見えて良くなっています」

練習で7秒台を出したとか。

「7.666秒が出たんですよ。それがフランスのアヌーク・ジョベールというオリンピックにも出場するスピード専門選手の最近の記録だと聞いて、これで専門選手にもプレッシャーを与えられるようになってきたんじゃないかなと」

8秒台から一気に7.666秒の計測はかなりすごいことですよね。

「ムーブを変えたポイントは一つもなく、(スピードW杯の)決勝に進出できて一気に8秒台の壁を破った感覚があります。私は感覚を覚えることが得意で、ボルダリングでも一度ムーブがわかればできることがよくあるんです。それがスピードでも起きているのかなと。ここ1年でのフィジカルトレーニングの成果がやっと出てきたのかなとも思います(編注:インタビュー後の6月18日に行われたスピードジャパンオープン盛岡大会では、日本記録をさらに更新する7.88秒をマークした)」

気が早いですが、W杯でメダルが取れたことで、スピードが単種目として独立する2024年のパリ五輪までスピードを続けたいという意識の変化もありますか?

「フィーリングが良いですし、どこまで行けるんだろう?というシンプルな疑問もあって、せっかく取り組んできたことが無駄になるのはもったいない気もしますし、自分の限界を見てみたい気持ちもあります。冗談ですけど、みんなからは『スピード選手に変更すれば?』と言われています(笑)」

一方、ボルダリングは4月16、17日のマイリンゲン大会で7位、ソルトレイクシティ大会では5月21、22日の1戦目が4位、続く29、30日の2戦目が6位という結果でした。

「マイリンゲン大会はあと一歩のところで決勝を逃してしまい、『もっと多くの経験ができたのに……』とすごくもどかしい気持ちになりました。でも、次の大会では絶対に決勝に残るんだという強い気持ちで、調子も初戦より上がり、手ごたえはすごく感じましたね。予選から私にしか登れない課題があったりして、最終的にメダルは取れなかったけど、全ラウンドを通して良かったと思えるところや学ぶことはたくさんありました」

マイリンゲン大会前の会見では、仕上がり具合や強化してきた部分がどうなっているかを実戦で確認したいと話していました。

「ソルトレイクシティでの2大会は、準決勝は難しかったのですが、決勝は登らせる課題が多く、近年のW杯の中でも比較的簡単な決勝だったと思うんですよね。(地元アメリカで)連続優勝したナタリア(・グロスマン)や2戦とも3位のブルック(・ラバトゥ)は、何が何でも登っていくスタイルというか、セッターが意図していることを読んで登るというより、自分のできるムーブを繋げて繋げてTOPまで持っていっている感じがあって。それは私がやってきていない戦い方だったので、そういう戦略やテクニックの部分が、オリンピックまでの期間で修正すべきポイントだと考えています」

2人から刺激を受けた感じですか?

「そういう勝ち方もあるんだなって思いましたね。大会後にYouTubeで全員の登りを見ましたが、ヤンヤ(・ガンブレット/スロベニア)とはオブザベーション時の感覚が合うことが多くて、『こんなふうに行くんだろうね』という読みも近いんですけど、ナタリアやブルックはちょっと違ったんです。身長が違うこともありますが、セッターの意図を読んで攻略するという感じではなかったのが印象的で。設定ムーブを壊していくような課題が出てきたら、私もそうすることが必要だと感じました」

W杯で確認したかった自身の状態についてはいかがでしたか?

「大会で何が難しいって、コンバインドの決勝でボルダリングの課題数が3つに減ると、最近は極限に難しい課題よりも、簡単で登らせてくるけどトライ数で選手間の差をつけるような課題が増えている傾向にあるんです。私はフィジカルを強化していたこともあり、強度の高い課題は他選手よりも楽に登れる実感があったんですけど、やさしめの課題を時間内に確実に登ることや、ちょっとリスキーな課題を少ないトライ数で落とさずに登るという、以前から感じていた改善点が明確になりました。あとは最終調整でどんどん詰めていくだけです」

五輪の競技当日まで2カ月を切りましたが、今の仕上がり具合は何%ですか?

「85%です。これから行われるリードのW杯と、ボルダリングは4、5月の3大会で得た内容を調整していけば、100%に限りなく近づけると思います」

頼もしいですね。リードは今年1月のインタビューで『つらくなってから粘れるような感覚がある』と言っていましたが、それは今も続いていますか?

「そうですね。ボルダリングのW杯が始まってから必然的にリードの練習は減ったんですけど、その間もバランス良く練習は続けているので、少し頻度が落ちたからといってパフォーマンスが下がるという感覚はありません」

五輪で思い描いているコンバインド3種目の進め方はありますか?

「今回のスピードW杯で、決勝はタイムにこだわらず勝つことが可能だというのを実際に体験できました。ベストを尽くせば決勝でもトップ3に入れる感覚があるので、そこで波に乗ることが最初の目標です。そこから自分の得意なボルダリングに入り、最後のリードで残りのエネルギーをすべて出し切ることが理想です」

五輪を目指してきた道のりを振り返ると、順調でしたか? それとも苦労が多かったですか?

「結果論で言えば順調です。けど、今そう思えるのは、やっぱり苦労があったからだと思います。その時々で今みたいに思えていたかというと全然そうではなくて、つらい期間はすごく長かった。常にチャレンジしている感じです」

五輪が楽しみですか?

「開催されるならば、楽しみ100%でいきます。不安要素はまだ少しありますけど、そこを潰せる自信もありますし、その状態でオリンピックに臨むべきだと思っているので。そうすれば、いい成績は残せるはずだと信じています」

東京五輪を経て、この先クライミング界がどのようになってほしいと思いますか?

「自分はつらい練習が続いても、それでも楽しいと思えるくらい、やっぱりクライミングが好きです。そのクライミングを、このオリンピックを機に多くの人に知ってもらいたいですし、さらに注目度が高まると嬉しいですね」

大会としてのスポーツクライミングを初めて観る方は多いと思いますが、自分のどんなところに注目してほしいですか?

「ダイナミックな登りが強みではあるので、そこに注目してもらいたいです」

最後に、五輪での目標を教えてください。

「目標はずっと変わらず、金メダルを目指します。オリンピックには最大限の野中生萌で臨みたいので、そんな自分を応援してほしいです。でも最後は、登っている私も、観てくださるみなさんも一緒になって、クライミングを楽しめたらいいなと思います」

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 © 2021 Daniel Gajda/IFSC

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PROFILE

野中生萌 (のなか・みほう)

1997年5月21日生まれ、東京都出身。XFLAG所属。10代から日本代表として活躍し、2018年にボルダリングW杯年間優勝を果たす。世界選手権2019コンバインドで日本人2位の5位で五輪出場権を獲得した。スピードでは今年のW杯第1戦で日本人初のメダル獲得となる3位入賞。(写真:窪田亮)

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