FEATURE 29

独占インタビュー

藤井快 ぼくの色ってなんだろう

すべての課題を、淡々と登り切る、それが理想

ボルダリングジャパンカップで前人未到の2連覇を達成、ワールドカップでは3種目複合で年間3位に入った2017年を藤井は「いろいろ考えさせられるシーズンだった」と振り返る。あらためて自分のクライミングを見つめ直した25歳は、競技者としてのピークを迎える新シーズン、そして2020年にどんな未来を思い描いているのだろうか。

※本記事の内容は2017年12月発行『CLIMBERS #006』掲載当時のものです(インタビュー収録日:2017年11月21日)。
 
 

戦い続けた「しんどい」1年
今は弱点だらけと言えば弱点だらけ

2017年は1月のボルダリングジャパンカップ(以下BJC)に始まり、ワールドカップ(以下W杯)でボルダリング全7戦、リード5戦、スピード1戦に出場、さらにはワールドゲームズ、adidas Rock Stars、アジア選手権テヘラン(イラン)、アジアカップ万仙山(中国)、そして11月のチャイナオープンと数多くの大会に参戦されました。疲れはないですか?

「今年は出場できる大会には全部出ようと。思いのほか長いシーズンになりましたね。すごくいい経験ができたと思います」

特に好きな大会や国はあるのですか?

「ヨーロッパの大会ですね。ボルダーだったらミュンヘン(ドイツ)。リードだったらシャモニー(フランス)。土地柄もそうですけど、会場が沸く感じとか、埋め尽くす人の熱気とか。本当にクライミング好きなんだなーって。見ていて気持ちいいし、頑張れる感じが好きです」

シーズン開幕前に設定された目標は?

「ボルダーでは、決勝に半数以上、表彰台には3回乗りたいと考えていました。実際に決勝には4回残れましたが、そこから先の結果が思うようについてこなくて。かなりしんどいシーズンだったと思います。ルート(リード)に関しては、去年より1つでも順位を上げられたらという目標がありました。それは叶えられたので、まぁ、結果としてはトントンですね」

まずボルダリングから詳しく聞かせてください。BJC優勝、W杯第1戦マイリンゲン(スイス)で優勝。最高のスタートを切ったように見えましたが、以降は表彰台に登れませんでした。振り返ってご自身ではどうですか?

「いろいろ考えさせられるシーズンでした。例年(W杯の)アジアラウンドは連戦になりがちで、なぜか相性が悪くて。今年も結局そこでつまずく形になってしまい、うまく結果を導くことができませんでした。あらためて、自分が何をしなければならないのか、どうしたいのかを考えるきっかけになったと思っています」

自分のクライミングの強みはどんなところだと考えていますか?

「よく聞かれるんですが、基本的に僕は強みという強みがないと思っていて。例えば(楢﨑)智亜だったら登り方にスタイルや特徴があってそれが強みですし、渡部(桂太)君だったから緩傾斜が上手、足が上手という『色』がすごく見えるんです。どんな人でも何かあるはずなんですけど、自分を客観視した時にあまりそういうものがイメージできないというか。これが出せれば登れるという何か突出した要素があってもいいと思うんですが、僕の理想とするクライミングは、すべての課題に対していいクライミングができること。言ってしまえば、色がないような、淡々と登るようなクライミングがカッコいいなって。一つを伸ばすというよりは、全部を同じくらいに伸ばしていきたい。狙っているものとしたら安定感なのかな」

逆に、改善すべきだと感じている点は?

「挙げればかなり多いです。例えば緩傾斜とか保持力とか、持久力だったり最大筋力をずっと出し続けられるパワーだったり。どれもこれも目標にしている数値は出せていないと思っています。もちろんオリンピックを意識していますが、2018年、2019年にピークを定めているので、現在は全体を拡大しているような状況で。いろいろな方向に手を出して、伸びがちょっとずつ広がっていくイメージです。だから、今は弱点だらけと言えば弱点だらけですね」

リードについてもお聞きします。年間ランキングは昨年の22位から16位に。10月の厦門(アモイ/中国)大会では決勝進出も果たしました。手ごたえを感じていますか?

「去年より練習できたのが良かったのかなと。初めて予選1位通過できたり、決勝進出できたり。今トレーニングで取り組んでいることが、どちらかと言うとボルダーよりもリードの結果に繋がりやすかったのかもしれません」

スピードはいかがでしょうか? チャイナオープンのタイムは7秒98でした。

「今年からやり始めたという感じで、大会に出たのも10月の呉江(ウージャン/中国)が初めてでした。ムーブをやっと頭の中で処理できる段階まで来たので、あとは自分に合う動きや足の位置を探っていくイメージですね」

 

 

強い気持ちでBJC3連覇へ
「今やっとかないと。ここは勝負どころ」

日本代表チームでは、年齢的に藤井選手は上の方ですが、どんな役どころでしょうか?

「年齢差はあまり感じていませんね。後輩のことはけっこうイジっちゃいますけど(笑)」

特に仲の良い選手というと?

「3つ年上ですが、堀(創)さんとは一緒にいますね。僕がボルダリングW杯に初めて出場した年に、一緒にオーストリアに1カ月くらい滞在したり、2人で行動することが多くて。職場も一緒ですし、一番仲良くしています」

夏のユース世界選手権(オーストリア)では日本勢が表彰台を席巻しました。そんな若い世代からのプレッシャーは感じますか?

「それは常に感じます。すごく伸びてきているので、気にしちゃいますね。意識はしますし、負けたくないという気持ちがあります」

特に注目している若手選手は?

「今なら緒方(良行)君。リードもボルダーもどっちも強い。(楢崎)明智君はスピードも強いし、それぞれ自分の良さを出してるなと」

2月にはBJCが行われます。前回は大会前「優勝を狙いに行く」と公言していましたね。

「言ったことすら覚えてないです(笑)。ただ、BJCはこれまで同じ選手が2回優勝したことがないというジンクスがあって、もちろん連覇は誰もしてないので、タイミング的に狙いに行こうって気持ちがあったんだと思います」

前年の世界選手権パリ大会(12位)の悔しさをぶつけているのかなと思っていました。

「なるほど、そうかもしれませんね。『BJCもどうせ智亜が勝つのかな』とか、心のどこかでは思ったりもしましたけど(笑)」

藤井選手にとってBJCとはどんな大会?

「現状では僕がただ一人、連覇を経験していて、次も勝てれば3連覇です。そうなると僕の記録を抜くには4連覇しかない。追い越すのに4年かかる大記録だと思えば今やっとかないと。先々月からBJCに向けたトレーニングも始めています。ボルダリングの日本人選手は世界的に強いので、BJCで勝てれば単純に自信になりますし、勝つことでその後のシーズンも頑張れる。ここは勝負どころだと感じています」

BJCは独特の緊張感があると聞きます。

「そうですね。優勝を目指す選手がいれば、決勝に残ることが目標の選手もいる。各々の思いが入り混じって、準決勝なんかはかなりピリピリしています。クライミングは登っている時はもちろん、壁から降りている時を見るのも面白いかもしれません。焦りとか落ち着きとか、選手の内面がにじみ出てくるので。そこがわかってくると、たぶん見ていて飽きないかなと」

先ほど出たトレーニングの話ですが、その内容はご自身で考えているのですか?

「今はトレーナーと話して決めていますね」

メンタルトレーニングなども?

「自己流というわけではないですけど、最近はスポーツ選手の本も読むようになりました」

具体的には?

「最初は錦織圭選手の本で、そこからマイケル・チャンコーチの話も読みました。他ではラグビーの五郎丸選手のルーティーンを作った人の本や競泳の松田丈志さんとコーチの本も面白かったですね。スポーツ選手にはどうしても好不調の波があるので、不調の時どうするか、どう解決するか、メンタルを変えていくプロセスを学ぶことは考える原動力になりました」

ルーティーンといえば、今シーズンからアイソレーションで音楽を集中して聴くようになったと聞きました。それも本の影響で?

「いろいろ読んでも実戦でやらないと何が良いのか悪いのかわからないので、実際に試すようにはしています。前からアイソで音楽は聴いてましたが、今年は休憩が5分間なら4分の曲を選ぶようにして。それを聴き終わってから立ち上がって準備して外に出て、という感じですね。同じ5分間でもリラックスして過ごす5分と、あー準備しなきゃと焦って過ごす5分では気の持ちようが変わってくる。焦った感情のまま出て行くと、一撃すべき課題で失敗したり、アテンプト数がかさんだり。ただ、落ち着きすぎも良くないのでそこは難しいんですけど」

予選と決勝ではメンタルの準備の仕方も変わってきますか?

「5分で次、5分で次というベルトコンベア方式の予選と違って、決勝は1課題終わると少なくとも30分以上待つので、そこでどう気持ちを切らさずリラックスするか。決勝はどうしても他選手の結果がわかってしまうというのも難しいですね。来年そこが改善できれば、より良いパフォーマンスに繋がってくるかと」

ちなみに、どんな曲を聴くのでしょう?

「僕はテンション上げたい方なので、ワンオク(ONE OK ROCK)とかが多いですね。きっかり4分の楽曲も多くてちょうどいいです」


 

会社員クライマーと五輪
2020年は競技者として一番いい年齢

 
藤井選手といえば、冷静沈着なイメージがあります。一方で「もっと闘志を剥き出しにしなくちゃ」という発言もされていました。

「今年は準決勝まではセルフコントロールをきちんとして、安定した登りで成績を出す目論見でした。でも決勝に関していうと、他の選手の方がもっと情熱を燃やしていた感じで。そこで準決勝までと同じ登りをしてしまうと、一歩劣ってしまう。勝利への貪欲さというか、そういうのはもう1回取り戻さなきゃいけないと思っています。W杯初戦のマイリンゲンでは『絶対これは登る、絶対一撃する』という強い気持ちがあって、優勝を勝ち取れました。でも、その後の大会はどこか淡々とやってしまった」

セルフコントロールも大事だけれど、決勝ではもう一段ギアを上げなければいけないと。

「そうですね。今年一番いいクライミングができたのはアジア選手権のボルダー(優勝/9月)だったんですが、あの時はすごく自分にフォーカスして、登ることだけを考えていた。『絶対これは登る、絶対に』って気持ちがすごくいい集中に持って行ってくれて。その『絶対に』ってのが自分の中にない時は大体ダメですね」

以前「自分にはクライミングのセンスがない」と話されていました。クライミングは「努力」によって「センス」を凌駕(りょうが)できるスポーツだと思いますか?

「そうだと思いますし、そうでないと僕は勝てないので。ただ、時間は膨大にかかります」

藤井選手は「会社員クライマー」という枕詞で紹介されることも多いですね。ジムスタッフとコンペの両立はいかがでしょう?

「正直、厳しいですね。ボルダーだけならいいですけど、オリンピックは3種目で、特にスピードに関しては反復練習が必要なので、時間がどうしても足りなくなります。枕詞とは反するかもしれないですが、今後は上司とも相談して時間を確保していければと考えています」

ジムスタッフとして働くことで、競技者としてプラスになる面はありますか?

「ジムに来たみなさんが楽しそうに登るのを間近で見られたり、応援してくださる方を身近に感じられたり。頑張ろう!って思えます」

2020年まで3年を切りました。藤井選手にとってオリンピックとは?

「オリンピックはあくまで後から出てきたものです。でも、目標としてはすごくモチベーションになりますし、2020年は競技者として一番いい年齢を迎え、経験値も増えて練習量もうまく調整できる時期のはず。いいきっかけをもらえたと思っています。子供の頃から見てきた舞台で、オリンピックと聞けば誰でも知っている。その種目になったのはとても嬉しいです」

現状の出場枠は各国最大で男女とも各2名という狭き門です。自信はありますか?

「……あんまりないです。ただ、今やれることは全部やるつもりです。悔いのないように」

尊敬しているクライマーは?

「キリアン・フィッシュフーバー(オーストリア)は好きですね。昔は同じクライマーだと、尊敬というより嫉妬しちゃってました。最近は年を取ったからか、競技をやってる人でも岩場で登ってる人でも、クライミングに真剣に取り組んでいる人を見ると純粋に凄いなって思います。年齢とか性別とか身長とかそういうのをすべて凌駕してクライミングに打ち込んでいる人に触れると、僕もそうありたいなって」

今後の夢は?

「今は五輪種目になったので、そこが一番の目標です。ただ、それ以外にもまだ獲ってないタイトルがたくさんあるので、競技者である限りは獲れるものは全部獲りたいです」

競技者生活後のことは、考えますか?

「ビジネス書や啓発本を読む機会も多いので、クライミング関係だとは思いますが、ビジネスもちょっとやってみたいなと考えています」

2017年はご結婚もされました。結婚して良かったと思うことは?

「単純にコンペが終わって家に帰ったら待っている人がいるっていうのは、いいなって」

家事はしていますか?

「コンペがない時期は僕の方が時間が取れるので、練習を早く終えたらごはん作ったりとか、掃除したりとか……してるつもりです(笑)」

 

CREDITS

インタビュー・文 編集部 / 写真 永峰拓也 / 撮影協力 B–PUMP TOKYO

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PROFILE

藤井快 (ふじい・こころ)

1992年11月30日、静岡県生まれ。13歳の時、中学校の部活動でクライミングに出会う。恵まれた体躯を武器とするオールラウンダーは、16年にボルダリングジャパンカップを初制覇。同年のボルダリングW杯では2大会で優勝し、年間2位と躍進を遂げる。17年はBJC連覇を飾り、同W杯は年間5位。9月のアジア選手権ではボルダリング&リードの2冠を達成した。

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