FEATURE 12

楢崎明智( フリークライマー)

心強い先輩たちと、W杯で見た景色/独占インタビュー[後編]

選手同士がリスペクトし合う姿を見て、
自分もそうなれるのかなって

6月9、10日のワールドカップ第5戦で自身初の表彰台に立った18歳の新星、楢崎明智(ならさき・めいち)。そのベイル大会(アメリカ)2位躍進の裏側を聞いた前編に続く今回は、本格参戦1年目のボルダリングW杯で得た収穫と課題、ともに戦う代表チームメイトや海外クライマーとのエピソードなど、様々な経験を積んだシーズン中盤までを振り返ってもらいました。

「準決勝に4回残る」目標を達成して

前回はベイル大会の話が中心でしたが、ここからは今年が初の本格参戦となったボルダリングワールドカップ全体について聞いていきます。まず、今シーズンの開幕はどのような目標を持って迎えましたか?

「ワールドカップという場を僕はよく知らないので、今年は『準決勝に4回残る』というのが目標でした。順位は気にせず、とにかく安定して準決勝の20人に残れる力が今の自分にあるのか?を知ろうと。それが最初の4戦でほぼ達成できたので、その後はこれといった目標を決めていませんでした」

第1戦のマイリンゲン大会(スイス)から準決勝に進出できました。最初の手ごたえとしてはどうでした?

「まったく手ごたえは掴めませんでしたね。準決勝はボロボロで(0完登で19位)、もうこの舞台で戦っても一生勝てないかもしれない、そう思うくらい打ちのめされました。すごく壁を感じましたね」

準決勝の壁は第2戦の重慶大会(0完登で15位)、第3戦の南京大会(1完登7アテンプトで11位)でも立ちはだかりましたね。

「そうなんです。でも少しずつ順位は上がっていて、手ごたえを感じ始めてもいました。けれど、南京大会が終わってそろそろいけるかもしれないと思っていたところで、次の八王子大会前に体調を崩してしまったんです。体調はすぐに良くなったのですが、メンタル的に落ちていました」

迎えた八王子大会は、ここまでで唯一の予選敗退。

「やる前から『予選落ちするかもしれない』と思っちゃっていて。それで案の定、予選落ちしてまた考えさせられましたね」

ただ、成績的には4完登でアテンプトも6と決して悪くはなかったですよね。

「普通に考えたら良い成績ですが、今年の日本人選手は強すぎて、悪い成績と言われちゃっています。本当にレベルが高かったですね」

「考えさせられた」ということですが、次のベイル大会までの1カ月はどう過ごしましたか?

「千葉トレーナー(※1)とのトレーニングを再開しました。そこで八王子大会までを振り返って、今後どうするかを話し合いました」
※1:楢崎智亜や野口啓代をはじめ、多くのアスリートの身体操作指導を担当するパーソナルトレーナー

その話し合いから、どのようなテーマでトレーニングをしたのですか?

「筋力的なものではなく、体の動きや連動が中心ですね。感度を上げて、左右差をなくすトレーニング。それが思ったよりも充実していて、次戦はけっこういけるんじゃないかという手ごたえがありました。ベイル大会はトレーニングで得たことを発揮し、その成果を実感しようというのがテーマでしたね」

その成果は、ベイル大会直前のユース選手権優勝からも見られたのではないでしょうか。

「ユース選手権は勝つべき大会でした。ただ、今までそういう大会で勝てなかったのが僕だったんです。でも今回は、得意な課題をきっちり一撃して、苦手な課題にも冷静に考えて対応できた。大会前に立てた作戦通りに勝てましたね」

作戦通りにできたというのは、トレーニングの成果を十分に発揮できた証拠ですね。

「ワールドカップの予選を毎回通過できたことで、苦手な課題がなくなってきている感覚がありました。バランスの良いクライマーになってきたなと。できない課題はない、できない課題を作っちゃダメだなと思うようになりました」

「できない課題を作っちゃダメ」というのはメンタル的なことですか?

「そうですね。できる課題は一撃して、できない課題はできないというのが僕だった。でも苦手な課題でもしっかり立て直して、あとで『こうすればいけたんじゃないか』って後悔するのではなく、その時に『こうすればいけるんじゃないか』と考えられるようになってきました」

ワールドカップとも違って、実感のある優勝だった?

「今まで優勝した中では一番実感が湧いた優勝だと思います。これまでもいくつかの優勝を経験しましたが、何も考えずに登っていたら勝っちゃった、という感じで。僕はしっかりトレーニングした人が勝つべきものであってほしいと思っているんです。だから、今までのユース大会ではどこか『こんなんで勝っちゃっていいのかな』という感覚があった。でも今回の鳥取大会は、しっかりトレーニングして狙いに行った優勝だったので一番『やってやったぜ』って思えましたね」

充実したトレーニングができて、その成果を鳥取で確実に出せた自信が、ベイルでの結果につながったんですね。

「ただ、ベイルの映像を見たら体の動きの左右差がひどくて、右半身をまったく使えていなかったんですよね(笑)。だから、これからまたそこを直していこうという話になっています」

 

日本代表チームの結束と顔芸人の兄

少し話題を変えて、ボルダリング日本代表について聞かせてください。代表チームの印象は?

「本当に仲が良いんですよ。ワールドカップの時は時間が空いたらみんなで観光に行くし、時間がなくてもご飯を食べに行きますね」

外から見ていても、クライミング競技の選手は本当に仲が良い印象があります。

「例えば、ドイツ代表もウドというコーチがみんなで遊園地に行った動画をSNSにアップしていたり、フランス代表も常にまとまって行動しているし。トレーニングもみんな一緒なので仲が良いんでしょうね」

ベイル大会で地元のアメリカ代表はどうでした?

「それがアメリカ代表は正反対で、逆にバラバラなんです。アメリカという国は広すぎて、ジムごとにチームがあると聞きました。例えばユースの代表を決める大会でも、個人の順位に加えてチームの順位も出るそうで。派閥もたくさんあり、強い選手が集まっているチームもあれば、とにかく人数だけはものすごく多くてそれだけで1位を取っちゃうチームもあるらしいです。ワールドカップの試合では同じウェアですけど、練習や移動の時は違うものを着ている。その中で(白石)阿島ちゃん(※2)だけ無所属で、ワールドユースの時もアメリカチームで一人ポツンとしていました。アメリカの話はすべて阿島ちゃんから聞いたのですが、国それぞれに違う文化があって面白いですよね」
※2:日本人の両親を持つニューヨーク在住の16歳クライマー。外岩では14歳の時に女性初、史上最年少でボルダリングの難関グレードV15を登っている

アメリカは特殊な事情があるのですね。そうした各国代表の中でも、日本はチームの結束力が高いと。

「ただ、昔は『仲が良すぎる』と言われることもあったようですね。ユース代表でも、誰かが優勝してみんなで祝福していると『お前ら悔しくないのか。これはスポーツで競っているんだぞ』って」

そういう周りの声があったのですね。

「でも仲の良さも極めたら、みんなで勝つこともできるんだろうなと、今の代表を見ていて思いますね」

特にお兄さん(楢崎智亜)とは仲が良いと思いますが、世間の人は知らない一面はありますか?

「実はおしゃべりですね。最近でこそ外でもよく話すようになりましたけど、昔から家ではすごいおしゃべりで。変顔とかもすごい好きで、いつもやってきますね。もう顔芸人なんですよ(笑)。2人で登っている時も顔すごいですもん。あと、智くんにはガツガツしているイメージがあると思うんですが、普段はそんな感じではないです。とにかく自分に自信があるなっていうのはありますけど」

去年2冠(世界選手権優勝とW杯年間優勝)を達成してから変わった部分はあります?

「変わらないですね。チャンピオンになってからも何も変わらない。それが良いところかなって思いますけど。逆に『俺、チャンピオンだし』ってなられても嫌ですよね(笑)」

18歳の誕生日、兄と一緒に(楢崎智亜のInstagramより)

 

世界のトップ選手たちに学んだもの

今シーズンはどの大会でも準決勝に多くの日本人が残っています。ベイル大会では決勝にも4人が進出。アイソレーションにチームメイトがいることで、助けられる部分は多いんじゃないですか?

「それは大きいですね。ベイルでは特にそうでした。僕一人だったら全然違っていたと思います。決勝は“アジアvsアレクシー(アレクセイ・ルブツォフ)”という様相で。スロベニアの(イェルネイ・)クルーダーやフランスのマニュエル(・コルニュ)には『俺は“日本vs他の国”で戦ってるから』って言われました。日本の選手もみんなで『BJC(ボルダリングジャパンカップ)だね』とよく言っています」

ベイルの“アジアvsアレクシー”という話で言うと、韓国のチョン・ジョンウォン選手が今回は一人抜けていましたね。

「チョンくんがちょっと強過ぎましたね。(野口)啓代ちゃんとも『王者の風格が出てるね』と話していました」

同じアジア圏の選手として意識しますか?

「去年、僕が優勝したTHE NORTH FACE CUPにチョンくんも参加していて、そこで彼の方からすごく意識してくれるようになったんですよ。その時にいろいろ話ができて仲良くなりました。ただ、クライミングの能力では一生勝てそうにないですね、今のところ。それくらい本当にすごい選手です」

海外選手と出会ったり、コミュニケーションが取れるというのは、ワールドカップに出場できるメリットだと思いますが、そこで学べるものはありますか?

「クライミングについて学ぶというよりも、今年ワールドカップに出て思ったのが、選手同士がすごくリスペクトし合っているということですね。例えば、ヤン・ホイヤー(ドイツ)はいつも智くんのことを称えてくれるんです。ベイルで指を痛めた時にインスタで『今回はダメかもしれない』という投稿をしたら、ヤンが『You’ re still the best』とコメントしてくれていました。智くんがマイリンゲンで予選落ちした時もみんなすごく悲しんでいて、第2戦で準決勝に残ったらみんな『おめでとう』ってハグしに来てくれたんですよ。マニュエルも原田海くんが八王子で足を痛めた時にはすごく励ましていた。当時のレントゲン写真を見せて『俺はこんな怪我だった』って、『俺も足を痛めて辛い時期があったけど、お前も頑張れよ』って。そういう姿を見て、ここで長く戦っていたら自分もこうなれるのかなって思いました」

トップ選手のそういう姿を目の当たりにできるだけでも、ワールドカップに出場できる意味は大きいのですね。他にも印象に残っていることはありますか?

「ベイル決勝の2課題目の時、僕が何もできないでいると、隣の啓代ちゃんの方がものすごく盛り上がっていたんですよ。本当に会場が揺れるほどの盛り上がりで、その時のビリビリした感覚は今でも残っています。それが一番、決勝を戦っているんだなという実感が湧いた瞬間でした」

その盛り上がりは決勝ならではの雰囲気ですね。

「本当に地面が揺れていたので、繊細なスラブをやっている時だったらどうなってたんだろうって(笑)」

野口選手の人気はやっぱりすごいんですね。決勝を野口選手と並んで登るというのはどんな心境でした?

「単純に嬉しかったです。日本人と一緒に登れるだけでも嬉しいのに、啓代ちゃんとはすごく仲良くさせてもらっているので。やっぱり大先輩が隣にいるのは心強いし、落ち着けましたね」

何かリラックスできるような言葉はかけてくれました?

「とにかく僕の話を聞いてくれましたね。あとから聞いたら『明智が隣でずっとしゃべってるから眠かったけど目が覚めて良かった』って(笑)。もちろん、リラックスさせてくれる言葉はいろいろかけてくれましたが、そういうことも含めてやっぱり余裕があるなと思いました。そして僕が2位になった時にはすごく喜んでくれて。『あれ、啓代ちゃんも2位じゃないの?』って思ったけど、それよりも喜んでくれたのが嬉しかったですね」

 

リードもスピードも「楽しみたい」

ボルダリング以外の2種目についてはいかがでしょうか?

「リードもやりたいですね。というか、今年はリードをメインでやりたかったんです。でもまさか、ボルダーの代表になれて、リードの代表になれなかったので。もともとボルダーの方が得意という意識はありましたが、リードを頑張りたいなっていう気持ちが強くて。ただ、去年ちょっとワールドカップに出たから、調子に乗ってしまっていたのかもしれないですね」

ボルダリングとはまた違った魅力がありますか?

「自分が“M”なのかどうかはわからないですけど、リードは辛い練習が楽しくて好きですね。ボルダーの練習は頑張った感が得られにくいというか」

スピードはどうですか? 今は何秒くらいで登れますか?

「8秒88ですね。実はまあまあ速いんですよ」

日本人の中ではトップレベルじゃないですか?

「日本人では2番目。1番は原田海くんですね。個人的には練習していないんですが、最近のユースの代表合宿って毎回スピードが入るんですよ」

昭島(東京)や、最近も枚方(大阪)で行われていましたね。

「海くんは大阪以外は全部出ていますね。もう5、6回くらい練習しているんじゃないですか」

それくらいの練習量で8秒台が出るんですね。

「けっこう出ますね。僕はこの前が2回目でしたが、スピードは大きい方が有利。やっていて思います」

男子の世界記録は5秒60。いけると思いますか?

「僕の中ではこれだけ精度が上がってきて8秒88なので、どうやって5秒台いくの?って思いますね。いくら本気で頑張っても6秒くらいで終わりそうです」

それでは最後になりますが、今シーズンも残りはナビムンバイ(インド)とミュンヘン(ドイツ)の2大会です。「準決勝に4回残る」を達成後は目標を決めていないとのことでしたが、ラスト2戦にはどういう思いで臨みますか?

「今シーズンの残りの目標は『年間10位以内で終える』ことですね」

ベイル大会の成績で年間ランキングは8位まで上がりました。

「ただ、ベイルでの楽しかったなという気持ちや疲労が抜けていなくて、まだ気合いが入りきっていないんです。だからまずは疲労を抜いて、ナビムンバイに向けて気持ちを切り替えたいと思います」

次も決勝は狙えそうですか?

「どうですかね(笑)。とりあえずいつも通り準決勝に進んで、楽しみたいと思います(※3)」

※3:ナビムンバイ大会の結果はコチラから

期待しています。本日は長い間ありがとうございました。

CREDITS

インタビュー・文 篠幸彦/ 写真 編集部・牧野慎吾 ※このインタビューは2017年6月19日に収録されました。

PROFILE

楢崎明智 (ならさき・めいち)

1999年5月13日、栃木県生まれ。2016年のW杯年間王者&世界選手権チャンピオン、楢崎智亜の3歳下の弟。兄の影響で小学生の時にクライミングを始めると、12年と14年のJOCジュニアオリンピックカップで優勝、14年の世界ユース選手権で4位に入るなど才能を開花。長身を生かしたダイナミックな登りはトップ選手にも引けを取らず、16年には兄や世界の強豪を抑えてTHE NORTH FACE CUPを制した。今年は1月のボルダリングジャパンカップで5位入賞を果たし、迎えたW杯の5戦目で自身初の表彰台となる2位に躍進した。

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